昼に会う貴方と夜に会う貴方が、違うなんてどうして気付けたでしょうか。 僕たちの均衡こんなことがあるだろうか。 は今、自分を拘束していると思っていた人物が目の前に現れて混乱していた。 自分を拘束しているにも関わらず、触れた感触にはなんの嫌悪も感じない。 額当てと覆面の隙間から覗いている瞳は、が想いを寄せた山崎そのものだ。 けれど、目の前の、唐草色のよく似合う山崎も、確かに山崎に違いなかった。 声を出せぬ状況で、視線だけが前後の二人の間を行き来する。 「君・・・・・」 苦々しい表情で、目の前の山崎はを見下ろす。それは昼間見た表情とまったく同じものだった。 「・・・・どうする?殺すか?」 「馬鹿を言うな。燕(つばめ)、君を放せ」 「・・・・・・・、声を出すなよ。騒いだら殺す」 抑揚のない声がの鼓膜を刺激する。その声色にぞくりと肌が泡立つのを感じた。 きつい束縛が解かれ、慌てて吸いこんだ空気には思わず咽てしまう。 「大丈夫か?」 いつの間にか傍に来ていた着物姿の山崎に背を撫でられ、咳こみながらもなんとか頷く。 顔を上げれば、そこにはいつもの山崎がいる。 「山崎、烝(すすむ)さん、ですよね?」 「・・・・・ああ、そうだ」 一呼吸置いて、ゆっくりと烝は頷いた。 はおそるおそる振り返る。そこには忍装束の山崎がいる。 「山崎・・・・」 「つばめ、だ。烝の双子の弟だ」 「つばめさん・・・・・」 はっきりとそう言った、その瞳はまるでを試すように、真っ直ぐで挑発的だ。 は少し従順してから、二人の右手をそれぞれ手に取る。 何をするのかと、烝は慌て、燕は覆面の下で小さく笑った。 「お二人とも・・・・私の命の恩人、ですよね? 私がお使いや伝令に走った時に護ってくれたのは燕さん・・・・ 屯所の中でいつも私も助けてくれるのは烝さん、ですよね?」 は二人の右手を両手で包み、二人の手にそれぞれ唇を寄せた。 一瞬それぞれの手がぴくりと動く。けれどはその手を放そうとは思わなかった。 「お二人とも、私の知っている山崎さん、ですよね?」 縋るようにそう言うと、烝が笑って頷いた。燕を覆面を下に下げ、小さく口端を上げる。 「良かった・・・・!あの・・・・・私のこと、嫌いにならないで下さい。 なんのお役にも立てないけど・・・・だけど・・・・・」 声を絞り出しながら、願う、乞う。 の言葉に、二人は目を見開きまったく同じ表情をした。 「何故俺が・・・俺達が君を嫌う必要がある?」 「理由がないだろ、別に」 二人の言葉には涙を流しながら、ふるふると首を横に振った。 「違うんです・・・・・私、山崎さんが・・・・好きなんです。 お二人のどちらかじゃなくて・・・きっとお二人とも。 昼に会う山崎さんも、夜に会う山崎さんも・・・・・ 山崎さんが二人いるって、わかった今も・・・その気持ちは消えなくて でも、二人とも好きだんて・・・・なんて、浅ましい――――・・・」 二人の手を握りしめたまま、の涙は止まらない。ぼろぼろと、それはまるで突然降った夕立ちのように。 「、それは、俺の存在も認めてくれるということか?」 ふいに、後ろから抱きすくめられた。その黒は、燕だった。 「私にとっては、お二人とも山崎さんです!どちらも私の大好きな・・・・!」 「俺は烝の影だ。影は本体があってこそ。だが、欲しいものも譲れないものも在る」 衝動的にの頭を抱え、燕は涙に濡れて光る小さな唇を吸った。 上唇を甘噛みし、味わうかのように口に含む。 初めての色事に全身の力が抜けてしまったのか、は燕の腕の中に崩れ落ちた。 「烝、お前はどうする。これをみすみす他の男に渡すか?」 「・・・・・・悪い、冗談だ」 「なら、決まりだな」 烝が膝を折り、燕の腕の中に納まっているの額に口付けた。それは頬に、鼻先にと落ち、息が切れているの呼吸を乱さぬよう唇をゆっくりと優しく吸う。 その光景を燕は満足そうに笑いながら見ていた。 「は俺達のものだ。誰にも渡さない」 「ああ、君を傷つける者は、斬る」 三人の影が重なる。 それが一つとなることは天が許さない。 これが罪ならば、なんと幸せな罪であろう。 ならば罰は蜜のように甘いに違いない。 幹が葉になることは許されず、葉は華に近づくことならずして、 だが、人はそれらを一つの花と呼び、一輪と称すること、いとをかし。 |