チャララララ、チャララララと派手な音がする。 それぞれが欲望の全てを注ぎ込むこの建物の中で、その男は明らかに異質だった。 いわゆる違法カジノバーに、攘夷派が資金稼ぎに来ているとの情報を得て、その日斉藤終は一人で任務に来ていた。 本当はと一緒のはずだったのだが昨日怪我をし、今頃は屯所内で溜まった書類整理をしているはずだ。 頭の中で手配書の写真を思い浮かべながら、あちこち観察して歩く。 隊服とはまた違う黒い着流しにサングラス。だが怪しまれなどはしない。 この建物の中全ての人間が、ヤクザ者かお尋ね者ばかりなのだから。 スロットマシーンが派手な音を立てている一角で終は足を止めた。 一人の男が、一台のマシンの前で派手に当たりを出しているのだ。 ジャラジャラと滝のように流れ出てくるコイン。 だが男はそれを手に取るわけでもなく、コイン専用のケースに入れるでもなく、ただ見つめている。 足元にまで溢れ落ちて、コインが床に散らばっても尚、男は微動だにしなかった。 斉藤終はその男をじっと見つめた。 男もその視線に気づき、こちらを見据える。 「一つ言ってもいいか?」 「・・・なんだ」 「コイン、取らないと盗られるぞ」 終がそう言うと、男は首を傾げて終を見つめた。 男は終と同じ黒い着流し。長身の終とは違い、やや背の低い男は首にマフラーを巻き腰に帯刀している。 だがヤクザ者には見えない。濁りのない真っ直ぐな目はやはりこの場には不釣り合いだった。 男はどうやらここがどういう場所だがわかっていないようだった。 わけもわからず迷い込んで、やたら派手な女にコインを無理やり渡され、コインを入れたらフィーバーしたらしい。 「ここは賭場だ。あんたのような男がいる場所じゃない」 「・・・・では、どうすれば」 「俺と来るか、ここにいるか、好きにすればいい」 コインを係員に集めさせ、換金を頼む。 換金された金の袋全てを男に渡し、終は店の出口へと向かった。 店の外まで出て振り返ると、男は一定の距離を保ったまま終の後ろについてきていた。 しばし考えて手招きをする。 すると男は素直に終の手の届くところまでやってきた。 「家はどこだ」 「・・・・・わからん」 「迷ったのか?」 「俺にはこの景色の何もかもが理解できん」 思いつめた表情に何か事情があるのだろうと察する。 もう日も暮れてきている。さてどうしたものだろうと考えて、とりあえず職務質問をと考える。 「俺は斉藤という。お前の名前は?」 「! ・・・・俺の名前も斉藤だ」 「それは奇遇だな。下の名前は?」 「斉藤、一だ」 「・・・・・ほぅ、それは」 確かあの世界を超えた珍妙な客人の仲間の名前ではなかっただろうか。 『すすむ』と『さがる』、『一』と『終』、名前を散々ネタにされ笑われたからよく覚えている。 試しに「はじめ」という字はどう書くのかと尋ねると、数字の一、だと返された。 「沖田総司、山崎烝、土方歳三、この名前に心当たりは?」 「!! 仲間の名だ!あんたが何故!!」 一がにわかに殺気立つ。これでは昨日のの二の舞になりかねない。 終は敵意のない証に刀を腰から抜いて地面に放ると、そのまま懐の携帯を取り出した。 履歴から適当な番号に電話をかける。その間、一は居合いの姿勢を取り続けた。 「・・・・・・・か」 『もしもし終さん?どうしたの?』 「そこに例の客人はいるか?三人の内誰でもいい」 『・・大変不本意ながら総司君が私の部屋でお茶飲んでて仕事にならない』 「ならば電話に出せ。こちらも代わる」 『うん?別にいいけど、なんで?』 「いいから代われ。それとも這いつくばって俺の股の下で啼「セクハラ反対ーー!!」 「ならばさっさと代われ」 向こうが携帯を渡している気配に、こちらも手を伸ばして携帯を渡す。 一が恐る恐る携帯を手に取る。 「それを俺がしていたように耳と口に当ててみろ」 「・・・・・・・・今、この箱から音がしていたが」 「それは離れた場所にいる人間と話が出来るからくりだ。俺の住んでいる場所にあんたの仲間もいる」 「!!っ・・それはどういう・・」 『終さん?おーい、ちょっとさん、これほんとに終さんと話せるの?』 離れていても聞こえるくらいの大きな声で、総司の声が聞こえた。 そういえば総司も携帯を使うのは初めてなのだな、と当たり前のことを考えながら、一に再度携帯の使い方を教える。 『終さーん!ねぇ、僕今ちゃんの仕事の邪魔するのに忙しいんだけど』 「そ、総司か・・・?」 『! あれ!?その声もしかして一君!?』 「総司、今どこにいるんだ!」 『どこって・・・真選組の屯所だよ。あ、僕等の新選組じゃなくてね、別の真選組。う〜〜ん、ややこしいなぁ』 「別の新選組?そんなものがあるのか?」 『一君さぁ、今終さんと一緒にいるんでしょ?連れて来てもらいなよ。あ、刀抜いちゃ駄目だからね。 どっかの誰かさんみたいに』 「山崎と土方さんもそこにいると聞いたが本当か?」 『いるよ。土方さんが来たのは昨日だけどね。くれぐれも一君は終さんと戦わないようにね? どっかの誰かさんみたいに。その人味方だから安心していいよ』 「わ、わかった・・・・」(どっかの誰かって誰だ) 「では、総司、これから一を連れて行く。うちの連中にも報告しておいてくれ」 『了解』 携帯初心者らしく、いささか大きな声で交わした二人の会話が終わったのを見計らって、電話を切る。 一は初めての携帯体験に少しオドオドしながら、携帯を終に渡した。 「あんたについていけばいいんだな?」 「・・・ああ。お前が俺を信用すればの話だが」 「信じよう。あんたの言葉に嘘はない」 そう言って一は終が地面に放った刀を拾い、終に差し出した。 終はそれを無言で受け取る。二人の後ろには夕日が静かに沈もうとしていた。 「ってわけだってさ」 「ぇええええ!ちょっと!斉藤さんも増えたの!?そろそろ増えすぎなんじゃないの!?」 「やだなぁ。人をきのこみたいに言わないでよ。あ、これ土方さん達に報告しておいた方がいいよね?」 「そうだよね!私ちょっと土方ズのところ行ってくる!」 「はーい、行ってらっしゃい〜〜」 全く自分で動くつもりのなさそうな総司君を置いて、副長室へと急ぐ。 途中何か黒いものを撥ねたけど(退だったような気がする)おかまいなしに部屋に駆け込んだ。 「土方さん、たいへ・・・・んんんーーーー!!?」 「うるせぇ!!なに喚いてやがる!!」 「なにかあったのか?」 「そっちこそなにしてんですか!ひひひひひ、土方さんが歳三さん襲ってるーーーー!!!」 「「は?」」 「だから私そういうの認めないって言ってるでしょ!!ままま、まさか副長マジでそういう趣味だったんですか!?はっ、まさか山崎さんも!?山崎さんまで餌食にしてないでしょうね、このケダモノーー!」 「ば、馬鹿野郎!!なにわけの分からねぇこと言ってやがる!!ぶっ殺されてぇのかてめぇは!!」 「おい、どうしたんだ、こいつは」 「気にすんな、馬鹿の戯言だ」 「そ、そうか?」 「とか言いながら歳三さんに触るなーーーー!!」 「ぐはっ!!!」 私は歳三さんの着物を脱がそうとしている土方さんを思い切り一本背負いで投げ飛ばす。 そう、私が見たものとは、歳三さんの紫の着物を脱がそうとしている土方さんの姿だったのだ。 確かに今は男色だって、BLなんてちょっとソフトな言い方して、偏見だって萌えに変換する乙女が多くいる時代! だが、しかし!!昨今の男の草食動物化に加えて男同士でくっつかれたらあぶれる女の数はますます増えるというもの! 私は闘う!そう!全ての独身女性の為に!!! 「歳三さんと山崎さんは私がまもーーーる!!」 「ど、どうかしましたか、さん」 「はっ!駄目です、山崎さん!こんな野獣の巣窟へき、ちゃ・・・ぁああああ???」 ふいに背後から山崎さんの声が聞こえて、私は振り返った。 振り返って山崎さんを見て、そして・・・・・固まった。 「どどどど、どうしたんですか、山崎さん!う、うちの隊服なんて着て!!」 「十四郎さんがせっかくだから着てみたらどうかと言ってくれたので、退君の隊服を借りたんです。土方さんはまだ着替えていないんですか?」 「ああ、どっかの馬鹿に邪魔され「似合います、すごく似合ってます!めちゃくちゃかっこいいです!もう山崎さんの為にその隊服があると言っても過言ではありません!」 振り返った先には平隊士の服を着た山崎さんがいた。 私に投げ飛ばされた土方さんが、米神に血管を浮かべてなにか言ったが、そんなの聞こえない。 「ありがとうございます。少し、照れますね」 「そそそ、そんな!ああ、退も気が利かない!どうせなら隊長服貸せばいいのに!!」 「いえ、俺なんかがそんな」 「あーもーこうなったら、適当なやつの隊服剥ぎ取って――――」 「なんだったら俺の剥ぎ取ってみるか?ぁああ?」 土方さんがふらりと立ち上がる。その手には刀が握られている。 ヤバい、怒らせた、と思ってももう遅い。 「やだなぁ。土方さんの隊服なんて山崎さんに着せるわけないじゃないですか!そんなニコチン臭い服着たら、山崎さんにマヨラーが移っちゃうし!だから土方さんの隊服なんて全然眼中にないので、安心して下さい!」 「一つもフォローになってねぇんだよぉおおお!!!」 「真剣抜かないで下さいよ!心狭すぎですよ!あれですか!?土方さんの心はマヨネーズの中のコレステロールくらいぎっとぎっとですか!?」 「局中法度その47!!マヨを馬鹿にした奴 切腹ぅうう!!!」 「また勝手に物騒なもん増やさないでくださ――――――!?」 マヨネーズの化身が刀を振り下ろしたその時だった。 私と土方さんの間、わずか数センチの隙間に目にも止まらぬ速さで真剣が通り抜けた! それは二人の髪の毛をかすめ、部屋の壁へと突き刺さる! 「「ぎょわーーーーーーーー!!??」」 思わず二人で後ろに倒れた瞬間、障子に細長い影が映る。 その影はどこか見慣れていて、私は無意識の内に土方さんを盾にして後ずさった。 「えーーーーーーーーーっと・・・・・・終さん?」 「さ、斉藤・・・・・どうしたんだ、お前」 「あまりの騒ぎにこちらの声が聞こえないようだったのでな。少々仕置きも兼ねてその耳そぎ落としてやろうかと」 「ごごごご、ごめんなさい。騒いでいたのは土方さんで・・・」 「なに言ってやがる!てめぇの腐った脳みそがおかしな勘違いをしやがっ―――」 「その腐った脳みそとやらに一つ報告があるのだが」 「はい!」「おう!」 初めに言っておこう。終さんは怒らせるとめちゃくちゃ怖い。 何が怖いってキレると本気で殺しにくるからだ。その度合は総悟の比ではなく(あいつは相手を殺さず生かさず苦しますが信条の為、一応手加減をしている。)真選組の暗殺担当と言っても過言じゃない。マジで。 見れば終さんの怒気に押されたのか、歳三さんも山崎さんも、若干顔色が悪い。 「土方歳三、山崎烝、お前たちの仲間を連れてきた」 「あ・・・・(そうだ、その報告しにきたんだった)」 「斉藤一だ」 「「!」」 終さんの後ろから山崎さんと同じくらいの背の男が顔を出した。 終さんとお揃いの黒の着流し、なんだか終さんが息子生んだみたいにも見える。 (そしたらこんなイケメンのはずないけど) 新選組の三人は顔を突き合わせて、互いに無言で頷き合った(ものすごく大人の男の再会の仕方だ・・・!) 「副長、ご無事でなによりです」 「ああ。お前もな」 「事情は終殿に聞きました。しばらくお世話になりますので、これを」 畳の上で正座した一さんが懐からなにかの塊が入った袋を取りだした。 そしてそれをうちの土方さんに差し出して頭を下げる。 なんだろうと思って土方さんと二人で袋の中を覗き込むとそこには見慣れないものが。 「ささささ、札束ーーー!!!」 「お前、これどうやって手に入れた!!」 まさか人斬りでもやったんじゃ、と危惧すると終さんがすっと私と土方さんの前で手のひらをかざし、制止のポーズをした(私ら犬扱いか!) 「一がこちらに来て迷い込んだのが、カジノでな。そこで当たりを出していたんだ」 「当たりってレベルじゃないよ!100万入ってるよ!?」 「もしかしてお金ですか?」 山崎さんが札束を見て首を傾げる。(あ、こっちのお金知らないんだ。首傾げるの、かわいい・・・・) 「よくやった、斉藤!これでようやくタダ飯食らい脱却出来るぜ」 歳三さんも札束を見て目を輝かせた。 終さんが札束を崩して30万ほど、一さんに渡す。 「一、これぐらいはとっておけ。これから一文無しというわけにもいくまい。四人で使え」 「・・・・・・・いいのか?心遣い、有難く頂戴する」 おいおい、それ小遣いってレベルじゃねーぞ。 つまり残っているのはあと70万。ちらりと土方さんを見るとにやりと口が笑っている。 「これだけありゃあ、マヨネーズ30箱買っても釣りがくるな」 「土方さん、させねぇよ?」(某芸人風に) 「これは俺が責任を持って経理に渡しておこう」 「あ、おい!!!」 土方さんが残ったお金に手を伸ばす前に、終さんがそれを懐に入れて立ち上がる。 「、四人に金勘定を教えてやれ。金の形や物価も違うだろう」 「あ、はい!!了解です!!じゃあ山崎さんだけあとで個人授業を」 「あとで拷問法の個人授業を受けたくばそうするといい」 「ごめんなさい」 真面目な奴ほど一度ハマると抜け出せない。
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