「へっへっへっ」



野太い笑い声が天幕に響く。それに加えて女の笑い声までするものだから夏侯惇は眉を潜めた。

聞こえたのは紛れもなく従兄弟の声、そして夏侯軍に新たに加わったの声だった。








絆IF物語。もしもOROCHIの世界に落ちたら3











「・・・・・・・・なにをしているんだ、貴様らは」




決してやましい想像をしたわけではない。

女は若く見えるが自分達よりも年上だし、夏侯淵はどちらかというと奥手で女を口説けるほど器用ではない。

だが戦場で女を呼ぶことも出来ない野営生活が続けば、いくら妙齢を過ぎた女といえども心配になるもの。

現にの年齢を知らない兵達の中には、彼女に妙な視線を送る者も多い。



は決して絶世の美女ではない。どちらかというと顔つきは平たく、特徴のない覚えにくい顔である。

肌は美しいが、それも四十を超えているということを踏まえてのことである。

長い髪を一つに束ね、兵と同じく足を泥に汚した格好はあまり褒められたものではない。







けれど、


どんなに辛くても苦しくても、それを表面に出さず周りを励ますその声だとか、

兵の一人一人に声を掛けて、手を握り頭を撫でるその仕草だとか、

共に泥に塗れ、嘆く人々と共に涙を流すその姿に、





惹かれる者は後を絶たない。




だからこそ、夏侯惇はの行動には気を配っている。

もはやこの女は兵達の母であり、憧れであり、癒しであるのだ。

彼女の身になにかあれば兵の士気が下がるだけではない。なにか別の戦いすら起こりそうである。

夏侯惇は先日のことを思い出し、深いため息をついた。



























それは月に幾度かと決められた会合の日であった。

遊軍として各地を奔走としている軍が集まり、それぞれの土地で得た情報を交換しようというものだ。

なにせOROCHIの作ったこの世界は広い。三国と、日ノ本、そして火山地帯の混ざり合ったこの世界で生き残るには一にも二にも情報が命だ。

それを提言したのは若き呉の軍師・陸遜であり、夏侯惇はその判断に感銘を受けずにはいられなかった。


全ての常識が崩されたこの世界、頭の固い老将達が次々と膝を折る中で、奮起したのはまだ未熟だと思われた若き将達だった。

若さとは羨ましいものだとつくづく思う。

自由な発想で発言する若き将達は、歴戦の将達をも刺激し、希望を見い出す。

顔には出さずともいつの間にかこの会合を楽しみにしていた夏侯惇は、その会合にを連れていった。

無論、魏延の情報を集める為である。










「蜀の将もいるといいが」

「そうですね・・・皆、無事だといいんですが」

「や、やっぱりは行かねぇ方がいいんじゃねぇのか!?危ねぇヤツがいねぇとも限らねぇし!!」

「淵、ガキのようなわがままを言うな」




会合が開かれる江戸城の門の前で、淵は相乗りしていたを馬から下ろすのを渋った。

淵の言葉は本音半分、嘘半分だということを夏侯惇は見抜き深く息を吐いた。

を行かせたくない本当の理由は、蜀の将と会ってが夏侯軍から出て行ってしまうのではないかと危惧しているのだ。

考えてみれば当然のことだ。己の国の者がいれば、その者と一緒に行くのが自然の流れ。

特に探し人の魏延が見つかれば、は間違いなく夏侯軍を去るだろう。それが遅いか早いかの違いだ。





「で、でもよぉ、惇兄ィ」

「俺を怒らせるなよ、淵」


隻眼で一睨みすれば、首を竦める仕草は幼い頃と変わらない。

二人のやりとりに首を傾げるを馬から下ろし、夏侯惇はその手を握って門をくぐった。














「ご無事でなによりです、夏侯将軍」

「よ、お互い今回も無事だったみてぇだな」



最初に三人を出迎えたのは、呉の陸遜と孫策だった。

夏侯惇は握っていた手をするりと放し、をさりげなく己の背に隠す。



「出迎えなぞいらん。小覇王ともあろう者が」

「そう冷たいこと言うなって!ここじゃ色んな人間に会えるからな!俺も楽しみにしてんだよ」

「奥には信長様や秀吉様が既に御待ちです。あと今回は蜀の将も何人か」



その言葉に背の裏で、と淵、二人の身体がびくりと反応するのを感じる。

一人は歓喜、一人は落胆の色を見せ、その様子の違いに夏侯惇は頭痛を感じずにはいられない。

いつもは孫策に負けずうるさい夏侯淵が口を開かぬことに疑問を抱いたのか、孫策が夏侯惇から視線をずらし、そして気付いた。



「お、なんだよ?今回は女連れか?」

「う、うるせぇよ!寄るんじゃねぇ!」

「あははっ!なんだよ、恋人か?大丈夫だって。俺には大喬がいるし」



その大喬はいまだ孫策の弟、孫権と共にOROCHI軍に従軍している。

だがそんなことはおくびにも出さない孫策に、この男もまた大した器だと感心しながらそれに引き換え、と自分の従兄弟を見つめた。

を庇うように巨体を使って孫策に立ち塞がる淵は玩具をとられそうになっている子供のように幼く見える。

夏侯惇は淵に構わず、の背を押し、二人に紹介する。




「この女は蜀の民でな。蜀の者がいるなら会わせてやりたいのだが」

「! そうですか・・・貴方も大変だったのですね。さぁ、こちらへ」


すぐに事情を察した陸遜が、を奥の部屋に案内しようと足を進めた。

は少し躊躇したように陸遜と夏侯惇、淵に視線を彷徨わせる。



「行け」

「・・・・はい。ありがとうございます」



は目尻を緩ませ、優しく微笑んで一礼した。

横で夏侯淵が息を呑む気配が伝わる。



この女を見るのはこれが最後だろう。

それを寂しく思うのは一体どうしてなのか。答えが出ないまま、夏侯惇はを見送った。


























今、夏侯惇の目の前には従兄弟のだらしない顔と、その顔を膝に抱いた女の姿がある。

天幕に入った夏侯惇の姿を見ても、二人はその姿勢から動くことなく、淵は笑顔を浮かべたままだった。



「・・・・・・・・なにをしているんだ、貴様らは」

「耳掃除ですよ。あ、夏侯惇様もやりましょうか?」

「へっへっへ、気持ちいいな〜〜」



ここは夏侯軍の天幕だ。敵に襲われる心配はないというものの、あまりのだらしのなさに惇は淵の尻を蹴った。




「あ、痛ェ!なにすんだよ、惇兄ィ」

「おい、あまりこいつを甘やかすな」

「ふふっ、だって約束でしたから」



そう言って淵の頭を撫でる姿は母の仕草だろうか、それとも恋人の仕草だろうか。

なんとも言えない胸のむかつきに惇はもう一度淵の尻を蹴りあげる。


「痛ェって惇兄。羨ましいなら後でやってもらえばいいだろ!」

「馬鹿言うな。全くそれで兵に示しがつくとでも思って―――」

「ああー!、俺はもういいから次惇兄な!なっ!」





淵はこれから始める小言を予感したのか、素早く身体を起こし天幕の外へと駆けだした。

残された二人は顔を見合わせ苦笑する。夏侯惇は先日聞きそびれた事を口にした。




「何故、戻って来た?」




会合に来ていたのは月英と姜維だった。

月英はの姿を見るなり、彼女に抱きつき、彼女もまた月英を抱きしめた。

このまま蜀の軍に加わるのだと、これが別れになるのだと思っていた矢先、は夏侯軍に戻って来たのだ。





「だって、約束しましたから」


はそう言って自分の膝をぽんぽん、と叩く。

それが何を示しているのかを悟り、年甲斐もなく夏侯惇は顔が熱くなるのを感じた。

だが再度膝を叩かれ、逆らう理由も見つからず、誰にも見られていないことを確認して静かに床に身を横たえる。

いま敵襲があったらイチコロだろう、と苦笑しつつの膝に頭を乗せた。



「約束とはなんだ?」

「夏侯淵様に耳掃除してあげるって。あと兵の人たちともいろいろと」

「・・・・・お前、兵達まで甘やかしているのか」

「ふふっ、拗ねているんですか?」

「なにがだ」

「ちゃんと、夏侯惇様も甘やかしてあげますよ」







夏侯惇の髪に、なめらかとも綺麗とも言えない指が絡まる。

苦労した女の手だ。水で冷やされ、草木に傷つき、時に涙に濡れた女の手。



髪を撫でる仕草は子供をあやしているようで、それが子供扱いされているようで癪に触る。

けれどその手が無償に愛おしく、夏侯惇はその手を取り、静かにそっと口付けた。

は少し驚いたように眼を見開き、けれどもすぐに微笑を浮かべた。

それは母とも恋人とも言えぬ、なんとも深い、そうまるで日ノ本の国の菩薩のような慈愛。





「孟徳にはやはり会わせられんな」



夏侯惇はそう呟くと、もう一度その手に口付けをした。
























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え、嘘、こんなはずじゃ。惇→←魏延 の図(笑) 実はあともう一人二人、矢印を追加したいとか思ってたり(笑)

淵は母と慕い、惇は女として見ています。さんの周囲の人間はこのどちらかに分かれます。