「美しい・・・・・」

「あ、あの・・・・」












絆IF物語。もしもOROCHIの世界に落ちたら2












打倒OROCHIを掲げる反乱軍の兵の中にという女がいる。

見た目は二十半ばの優しげな女なのだが、一本筋が通った女性で怒ると迫力があるとは、ある兵の証言である。

子供を探し軍に飛び込んできたところを夏侯将軍に保護されたということで、国は三国の内の一つらしい。

だが他の三国の者と違い、日の本の国の知識があるようで、三国の者が慣れぬと敬遠する畳の上にも平気な顔で正座をする。

その他の所作も心得ており、首を傾げたのは何も戦国の世の者ばかりではない。

その上、この女、見た目より遥かに年を取っているという。変装も変化もしていないというが、どうも嘘くさい。







「徳川害する者、滅す」







江戸城の屋根の上に一つの影があった。

その影は瞬き一つ許さぬ間に消えさり、後には何も残らなかった。






























反乱軍は、戦闘が起こらない限り、情報を求め放浪の旅を続けている。

特に夏侯両将軍が率いているこの反乱軍は、曹操を探すという目的があるためあちこち各地を遁走していた。

そんな中で同じ反乱軍同士、協力や援軍を送ることも多く人との縁も増えていく。

今回夏侯将軍の軍は、OROCHI軍より逃げ延びてきた徳川軍の本拠地、江戸城に居た。

そこで再会を果たしたのが同じ魏の将である張コウ。

戦場にあって美しく舞う姿は混沌の世界にあっても健在で、会った瞬間得意の舞いを披露したことに戸惑う兵士も多かった。

何を隠そうもその一人だった。

それなのに何故、このような状況に陥っているのだろうか。







「美しい・・・・・」

「あ、あの・・・・」





の腕は、美しい長身の男によって捕えられている。

その男はまさに戦場に舞う蝶のように美しく、この殺伐とした世界で化粧すら施していた。




「ああ、教えてください。一体どうすればこのような肌を保てるのですか」

「い、いえ・・・・別に・・・・」

「その歳でこれだけの艶が保てるなんて・・・・なにか特別なことがあるに違いありません!」

「あの・・・張コウ様・・・・」




を捕えて放さないのは、美に特別な思い入れのある張将軍だった。

夏侯淵曰く「には会わせられねぇ」人物である。

その理由はご覧の通り、実年齢よりも遥かに若く見えるに必要以上の興味を抱くことは明白だからだ。



「あ〜〜〜美しい」



だが二人は出会ってしまった。

豊臣秀吉の妻、ねねよりの噂を聞きつけた張コウは、再会した盟友夏侯淵との再会もそこそこにを捕まえて、詰問していた。





「あの・・・・そろそろ放して頂けませんか?」

「ならば教えて下さい!貴方の美しさの正体を!!」



さっきからこの調子である。

いつまで経っても変わらない遣り取りに内心ため息をつきながら、は周囲を見回す。

いるのは一般の兵ばかりで、皆張コウの勢いに押されているのか騒いでいるにも関わらずこちらに視線一つ寄こさない。


とて、意地悪しているわけではないのだ。

だが張コウの求めている答えをは持っていない。


張コウは見た目より若く見えるという点で、を美しいと評価しているが、それは元々実年齢を40過ぎだと偽っている為で、実際は年相応に過ぎない。

そして現代人にとっては、肌のスキンケアや化粧水の使用は一般的だが、遥か昔ではそのような慣習も化粧品も存在しない。

そう考えると、昔の人間よりもの肌がきれいなのは道理である。

もちろん特別な地位にいる戦国の姫君や三国の舞姫などは皆美しいが、一般の民であるはずのの存在は、確かに少し目につくかもしれない。

それにしてもこの張コウの奇行には困ってしまう。


「あの、そろそろ夕餉の手伝いをしなければいけないので・・・」

「逃がしませんよ!

「あー、こらー、なにやってやがんだ、張コウ!!!」



そこに割って入ったのは、の恩人であり、また張コウの恩人でもある夏侯淵その人だった。

大きな身体で二人の間に入ると、やんわりとと張コウの距離を引き離す。




「全く、おめぇときたら。こうなるからと会わせたくなかったんだよ!」

「お言葉ですが、将軍が素直にに会わせて下されば、私だってきちんと挨拶しましたよ」

「嘘つけ!!今のが穏やかに挨拶している状況か」

「だって気になるじゃありませんか。のこの美しさ!ねね様だって気にしていらっしゃいましたよ」

「わかった!わかったから、それ以上顔を近づけるんじゃねぇ!」



眼前に迫る勢いの張コウの胸を力いっぱい押すと、くるりと身体を回転させる。

その表情は若干疲れ気味で、その様子には愛想笑いを返すしかなかった。



、惇兄のところへ行こうぜ。用事があるとかってさっき探してたからよ」

「ええ、はい!行きます!」

「将軍〜〜!仕方ありませんね・・・また美について語り合いましょう」




夏侯淵の前でこれ以上は無駄と見たのか、張コウは背筋をピンと伸ばし華麗に一礼する。

そしてまるでバレエダンサーのようにくるくると回りながら、どこへともなく立ち去った。

残されたのはなんとも言えない空気の二人。

夏侯淵は豪快に頭をかくと、に向かって頭を下げた。


「ごめんなぁ、あいついい奴なんだけどよ。変わった奴なんだわ」

「い、いえ・・・・夏侯淵様が謝ることは・・・」

「ま、今度また妙なこと言い出したらガツンと叱ってくれてかまわねぇからよ」



ガハハハっと笑い飛ばす夏侯淵には安堵の息を漏らす。

偉人・英雄ばかり集うこの世界で、夏侯淵のように気さくな人物は中々珍しい。

夏侯惇のような武勇で人望を集める将も数多くいるが、夏侯淵のように人柄で人望を集められるのも一種の才能だ。

この人柄に触れ、彼と交友を深める将達も多い。



「おい、淵」


そこへ現れたのは従兄弟の夏侯惇だった。

隻眼の将は威圧感があり、彼をよく知らない者は怖れ慄く。

だが彼の人柄を知っているは、小さく一礼するだけに留めた。




「これから家康が軍議を開くそうだ。お前も来い」

「俺もか!?まぁ・・いいけどよ。惇兄だけで充分じゃねぇのか」

「将は全員参加だ。、お前は天幕に戻れ」

「はい、畏まりました」



夏侯惇はに指示を与えると、淵を伴いその場を立ち去ろうとした。

その後姿には慌てて声をかける。



「あの、夏侯惇様!私になにか用事があると聞きましたが・・・・」

「なに?いや、特にないが」

「え、でも夏侯淵様が・・・」



は夏侯淵を見る。確かに夏侯惇が用があると淵から聞いたのだ。



「あ、あ〜悪い!俺の勘違いだったみたいだ!」

「そうですか?ならばいいのですが」


なんとなく妙な感じを受けながら、一礼し彼らを見送る。

もしかして張コウを欺く為の嘘だったのだろうかと思いながらもどこか腑に落ちなかった。































軍議に参加する、と言った夏侯惇は、江戸城とは反対の方向へ足を進めた。

門を越え、人の目の届かない木々に遮られた小道まで来て、ようやく夏侯惇の足が止まった。




「惇兄、軍議に行くんじゃなかったのかよ」

「ああ、貴様が本当に俺と血の繋がった男ならばな」



その瞬間、朴刀の一閃が夏侯淵を襲う。

夏侯淵はその体格に見合わぬ速さでその攻撃をかわした。



「変化とは戦国の者は奇妙な技を使う・・・・忍か」

「是」


夏侯惇が次の一撃に出ようと構えた瞬間、激しい風が巻き起こりそこに現れたのは徳川の影、服部半蔵だった。

誰よりも忠義を重んじる男。よもや徳川の配下とは思わず、夏侯惇は息を呑む。



「何故」

「ふん、俺が淵を見誤ると思うか。何故に近づいた。家康の指示か」




刀を構えながらそう言うと、しばしの沈黙の後、半蔵は首を振った。

その様子に夏侯惇はほんの少しばかり安堵する。もし家康がなんらかの意図があってに目を付けたとなれば、面倒事になる。

家康がそういう男だとは思わないが、他の国の女を欲しがる男もいるだろう。

そう勘繰ってしまうのは、普段曹操の我儘に振り回されているからかもしれない。




「ならば、何故近づいた」

「・・・・・・興味」

「興味だと?それは貴様自身がに興味を持ったということか!?」

「御免」




短い言葉しか発することない半蔵に苛立ちながら声を荒げる。

だが半蔵は夏侯惇の言葉だと意に介する様子もなく、風と共に姿を消してしまった。



















半蔵の眼下には一人の女がいる。

国も言葉も世界も違うというのに、女達は仲が良く皆たくましい。

その中で一際目を引く女の姿に、半蔵は目を細める。

正体の分からぬ優しい女。いつか自分自身の姿で言葉を交わすことが出来たなら、その正体が掴めるかと。

忍らしからぬ思いを抱きながら、半蔵は風と共に姿を消した。