兵が騒ぐ声に夏侯淵は天幕から顔を出した。

女の泣くような声がどうにも気になったのだ。

そんな彼が目にしたのは、兵に取り押さえられた一人の女だった。









絆IF物語。もしもOROCHIの世界に落ちたら











「おい、どうした?間者か?」


何事か、と兵に問えば、兵は困ったような表情で夏侯淵を見た。


「それが、エン、という子供を探してるらしく・・・・」

「エン?」

「将軍の名が淵であると誰かに聞いたらしく、ここに飛び込んできたのです」



人違いだとは言ったのですが、と兵は小声で呟いた。



突如OROCHIが支配した世界、人々は家族と、国と、軍とはぐれ、それぞれが途方に暮れていた。

だからこういった人違いは実は珍しいことではない。

女を取り押さえている兵も、見れば泣く女の肩を叩いて慰めている。




「なぁ、俺は夏侯淵、魏の将だ。あんた、子供とはぐれたんだって?」

「ほら、人違いだろう?」


夏侯淵の言葉に彼女を取り押さえていた兵が続く。

女は夏侯淵を見て、ほろり、と涙を落とし、その姿に悪くもないのに夏侯淵は罪悪感を感じた。



「申し訳・・・ありませんでした・・・」

おずおずと頭を下げて泣く女に誰もが口を開けずにいる。

そんな中で夏侯淵は兵に彼女を天幕の中へ案内するように、促す。

夏侯淵の天幕の中には今、兄と慕う夏侯惇がいる。

女を扱うのを苦手とする自分よりも、夏侯惇の方が上手く話を聞けるだろうと、従兄弟にバトンを渡すことにした。








天幕の中に入り、二人の武将の前に座らされた女は静かに頭を下げた。

年の頃は、二十前後か。服は汚れているが、農民ではない。

女を一瞥するなり夏侯惇は、

「災難だったな」

な彼女を労った。彼女はただ平伏する。





「こうして会ったのもなにかの縁だ。淵とエン、だけに。なんつってな」

「お前・・・よくそんなこと思いつくな」

「ふふっ」


場を和ませようと、夏侯淵が言ったダジャレに女が笑う。

それに安堵し、水を勧めると、彼女はそれに少し口をつけた。




「子供の特徴を教えろ。まさか淵に似ているとは言うまい?」

「だよなぁ。あんたの子供じゃまだガキだろ?なんだって俺の天幕まで来たんだ?」


二人は疑問に思いながら、女に言う。

エンという人物がいると耳にしても、兵に散々相手は将軍であり子供ではないと言われたはずだ。

それなのになぜここまで来たのかと問う。

ところが女はおずおずと、言いにくそうに淵と惇の顔を交互に見た。



「あの・・恐れながら申し上げますれば、エンという名の巨躯の将軍がいらっしゃると耳にしまして」

「だからそれでどうして、」

「ですから、あの・・・私の探している子は、その、大きな身体をした・・・将の位を頂いている者で」

「「はぁ!?」」



女の言葉に、二人は言葉を失う。

淵に至っては両手を使って、ひぃふぅみぃ、と数を数え始める始末だ。



「いやいや、おかしいぞ!どう考えたって計算合わねぇぞ!!」

「巨躯の若い将など聞いたこともない。女、国はどこだ。それと名前だ」


国どころか名前も聞いてなかったことに気付き夏侯惇は苦笑する。

女は、少し迷ったように視線を彷徨わせた。その危惧は分からぬでもない。



「案ずるな。この世界は混沌に満ちている。三国どころか戦国の世の者までいるのだ。
今更、国も身分もない。OROCHI軍か、反乱軍か、ただそれだけのこと。
俺達は魏の将だが、今はただの反乱軍。それに俺達も人探しの最中だ。
出来る限りのことはしてやる」



夏侯惇の言葉に、女はゆっくりと頬笑み、再び頭を下げる。

特別に目を惹く容姿でもないのに、何故か心惹かれるところがある。

こんな女が家で帰りを待っていてくれたならさぞかし心安らぐだろう、と思わせる男を引く魅力が彼女にはあった。



「蜀の将、子の名は魏延、と申します。私は乳母をしておりましたと申します」

「魏延!?魏延ってのめっぽう強い、仮面の将か!?」

「おい、待て。そうなるとお前はいくつだ?」

「まぁ・・・よく年より若く見られます」



苦笑する女に二人は驚きを隠せない。

当たり前だ。今の話が本当なら女は自分達より年が上ということになる。



「あんた・・・・張コウだけには合わせらんねぇな」

「孟徳もな。喜々として寝所に招きかねん」


淵は美にうるさい同僚を、惇は今は探し人である己の主人を思い、瞑目した。


「これも何かの縁か・・・・確かにな」


やがてぽつりと夏侯惇が呟いた。女はすでに泣き止んでおり、落着きを取り戻している。


、他にあてはあるのか?」

「いいえ・・・・、これより先には・・・」


蜀は今OROCHI軍と反乱軍に二分している。そのどちらに魏延がいるかは分からない。

ならば、と夏侯惇は口を開く。



「あの仮面の乳母ともなれば肝も座っていよう。単身我が軍に飛び込んできたのだからな。
どうだ、この軍にしばし留まるつもりはないか。
兵の面倒を見る者も足りぬし、何より一人ではこの先には進めぬぞ」

「さすが惇兄だぜ!おい、、お前飯作れるか!?兵の作る飯はまずくていけねぇ。
それに俺らも行方不明になった従兄弟探してるんだ!同じ人探しだ、一緒に行こうぜ!」

「あ、ありがとうございます!!」


二人の言葉には涙を流して喜ぶ。

何処とも知れぬ場所で、いつOROCHI軍と遭遇するか分からない不安の中で、魏延を探すのはあまりに心許無い。



「なんだったら、俺のことを今だけ子供だと思ってくれていいんだぜ」

「まぁ・・・ふふっ」

「無気味なことを言うな、淵」



うっかりの膝の上で甘える淵の姿を想像し、夏侯惇はげんなりと返事を返した。

しかしそれが数日の内、現実となることを隻眼の将はまだ知らない。















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淵とエンネタでした。