かわいい、かわいい、子供。 けれどどんなにかわいくてもやらなければならないことがある。 それが親の、いや大人の仕事。 作法目の前に並べたのは、ご飯、お味噌汁、からあげに漬物。 お箸とフォーク、それにスプーンを用意してから子供の名を呼ぶ。 呼ばれた子供は唸り声のような返事をしながら、だだだっと音を立てて胸に飛び込んできた。 「!」 「はーい、エンご飯だよ」 「ゴハン!!我、食ベル!!」 ぽすん、と私の膝の上に乗り、そわそわと私を見上げる。 それはもう食事時には定番の風景。けれど今日からはそれでは駄目なのだ。 「はい、エン、今日からは一人で食べようね」 「アウ”?」 「ほら、ここね?はい、座って」 よいしょっと子供を持ち上げて座らせた座布団の上。 けれど子供はすぐにまた私の膝に乗ろうとする。 「駄目、エン。ほら、私の隣」 ウ”−と不満そうに声を上げるエン。けれど隣だからそう距離が空くこともない。 渋々といった感じで私の膝に乗るのを諦めたエンが座布団に落ち着く。 「はい、いい子。じゃあ、うーん、最初はフォークとスプーンかなー」 そう、やらなければならない事とは躾の一つ、食事のマナーを教えることだ。 最初は膝の上で食べさせていたけれど、そろそろ自分で食べさせなければならない。 それでもなくても、このくらいの年齢ならば自分一人で食べているのが普通なのだ。 「ご飯とお味噌汁を食べる時はこれ、スプーンね。で、からあげはフォークでこう・・・・さして、ね?」 実際にフォークでからあげを刺してみせる。 エンの顔の近くまで持ってきて、ほらね、と見せるとエンはそれにぱくりと齧りついた。 「あ!こら!」 「、ウマイ!」 「うん・・・いや、そうじゃなくてね」 次は?と催促を始める子供。 叱るわけにもいかず、その手にフォークを持たせてみる。 初めてフォークを手にしたエンは、ジロジロと見つめた後、それをテーブルに置いてしまう。 「、ウガ!」 フォークのことなど忘れたように口を開ける子供。 その目には期待が含まれている。 「エン、そうじゃなくて・・・・」 「ウガ」 「だから、ほら、自分でね・・・・」 「ウガ」 「だ、だから・・・・・」 「ウガ」 雛鳥のように口を開け続ける子供。 可愛い。すっごい可愛い。けれど、負けちゃいけない。いけないのだ。 もう一度フォークを持たせてみる。フォークは持ってくれる。けれど開いた口もそのままだ。 「エン、これでね、自分で食べ物を取って食べるの。いい?」 「ウガ?、アーン」 あーん、と口を開けるそれは私が教えたことだ。 こんなところでまさかのしっぺ返し。教育がこんなに難しいものだとは思いもよらなかった。 全国のお母さん、私どうしたらいいでしょうか、と心の中で呟いている内に、焦れたエンが膝の上に乗ってくる。 「ちょ、エン!?」 「アーン」 ぽかぽかと暖かい子供の体温。 ぐずぐずしているとどんどん冷めてしまう食事。 口を開けて待つ、可愛い可愛い子供。 「あ、明日から・・・ね」 実はその明日から、という言葉自体が既に敗北を意味しているのだがそんなことまで気が回らない駄目な大人が一人。 ぶすりとフォークでから揚げを指して、子供の口元へ持っていく。 「はい、エン、アーン」 「、オイシ!」 「そう、良かったね」 この時の敗北が後々の彼との再会にひどく影響することになろうとは夢にも思わないは、せっせと親鳥の如く子供の口にご飯を運ぶのであった。 |