空飛ぶ、という表現が一番正しい。

それは現実にはあり得ないことだけど、今まさに私は空を飛んでいた。

それはそれはあやしげなランプの精ならぬ壺の精と共に。

空飛ぶ絨毯ではなく、巨大な凧に乗って。







もしもOROCHIの世界へ落ちたら10












「あああああああ、あの!!」

「くっくっくっ、顔が青いぞ」

「だだだだっ、だって、だって!!」

「なかなか良い眺めだ」

「ど、何処見て言ってるんですか!!」




江戸城から連れ出してくれたのは、以前森で出会った壺の精・・・のような不思議な人だった。

ただ不思議なのは見た目だけじゃなかったらしい。

どうして。

どうして人間がハングライダーならぬ巨大な凧に乗って移動できるのか。

魏延よりも大きな身体、その腕でしっかりと腰を支えられてはいるけれど、なにしろこちらは裸当然。

密着するのは恥ずかしいし、かといって少しでも隙間があれば落ちそうでたまらなく怖い。

結局しがみつくしかなくて、さっきから彼にからかわれてばかりだ。





「あの・・・何処へ行くんですか!?」

「くくくっ、さて何処へ行こうか」

「反乱軍ならとりあえず何処でもいいです!だから一番近くの陣に・・」

「そこまでする義理はうぬにはない」

「そ、そんな!じゃあ何処へ?」

「さて・・・」




にやにやと笑う男の身体はまるで死人のように冷たい。

見た目だけならばオロチ軍に見える。信用していいのか、正直わからない。

けれど冷たい身体に触れても恐怖は感じない。自分のその直感を今は信じるしかないのかもしれない。




「あの」

「なんだ」

「そ、そろそろ下におりませんか?」

「うぬごとき人間が我に命令するか」

「お、お願いします!」

「ならば示してみるがいい」




凧で浮遊した二人の身体。元々密着している身体を器用担ぎあげ、すぐ下の林の木の上に降り立つ。

目にも止まらぬ早業にくらくらと眩暈がしながら男の首にしがみつくと、唇を指でなぞられる。



「叶える願いは一度きり。それ以上を乞うならば対価を差し出せ」

「あ、あの・・・・」

「くくくっ、さてどうする・・・・」


男が何を言っているのか、その意味は分かる。

けれどそんなことできるはずもなくて、身体が震えた。逃げようにも木の上ではどうすることもできない。




「涙、か。悪くない」

「や、やめ・・・」


思わず目尻に浮かんだ涙を男の舌が舐め取る。

触れている肌は冷たいのに、舌だけは燃えるように熱い。

熱い吐息を唇で感じたその瞬間、




「きゃっ!?」



身体が浮遊して乱暴な風が身体を包んだ。







「半蔵、か」

「滅」







私を包んだのは黒い影。けれど温かな体温が生きている人間であることを教えてくれる。

半蔵、と呼ばれた男は私を右手で抱えたまま、左手で大きな手裏剣のようなものを構えた。



「くくくっ、まぁ、良い」

「風魔」

「一時、預けてやろう」

「あ、あの・・・、貴方は・・・!!」

「うぬはこの風魔小太郎がいずれもらいうける。くくくっ」






竜巻のような大きな風が笑い声と共に湧き上がって、あっという間に消えてしまう。

結局彼は何者だったのか―――風魔小太郎という名前に心当たりがあるような気がするけれど思いだせないまま、上を見上げた。



「あ、の・・・ありがとうございました」

「否」

「あの、貴方は・・・・」

「・・・・」



黒装束に覆面、かろうじて目だけが見えている。その風貌はまさに忍者と呼ぶにふさわしい。

そうだ、確か風魔小太郎ってお芝居とかやってた、忍者の、

思い至って「あ」と声を上げると、怪訝そうに男が目を細める。その目には大きな傷が一つ。

思わず伸びた手が傷をなぞる。男の眼光は鋭いまま、けれど触れられることを拒みはしなかった。





「帰還すべし」

「あ、あの私!」

「夏候軍、呉軍、否、魏延?」

「夏候将軍や周泰さんやエンのことをご存知なんですね!?」




男の言葉にドクン、と心臓が鳴る。

静かな瞳は言葉少なくとも雄弁に語っている。選べ、と。

どちらの元へ帰るのか、そんなことは決まってる。エンの元へ帰らなければ。

きっと、心配してる。探していてくれる。けれど、







けれど今、会いたいのは、










私は震える唇で自分の意思を男に伝える。

















私の言葉に、男はただ黙って頷いた。
















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次回最終回。ほんとは本編と同時に終わらすつもりだったという言い訳。