「おらぁ、腹減っただぁ」 「おい、許チョ、おめぇさっき食ったばかりじゃねぇか。たっくよぉ」 絆IF物語。もしもOROCHIの世界に落ちたら7そんな会話が聞こえては思わず足を止めた。 振り返った先には、見慣れない二人の巨漢の男。 一人はいかついスキンヘッドで、もう一人は相撲取りのような体格の腹をすりすりと幾度となくさすっていた。 その様子は腹ぺこの小熊のようでなんだか可愛らしい。思わず零した笑みに気付いたのはスキンヘッドの男だった。 「おら、笑われてんぞ!ったく、おめぇはよぉ」 「そんなこと言ったって、腹が減って死にそうだぁ」 「だから食ったばっかだよな!?俺が捕った猪一匹まるまる食ったのはどこのどいつだ!?」 まるで漫才のようなやり取りに笑いながらも、どこの兵だろうかと二人の服装を見る。 三国の者はまるで運動会の組分けのように、色によって国分けをしているからどこの国の兵か意外と分かりやすい。 二人は青を基調とした鎧を纏っており、もしかして魏の兵なのかと目を瞬いた。 反乱軍の中でも様々な土地を奔走している夏侯軍は他軍との合流や別離も激しく、その都度下位の兵達に報告があるわけでもない。 だがらさっきまで一緒だった兵達がいつの間にかいなくなっていたり、かと思いきやいつの間にか合流していたりなどはよくあることだ。 そういえば、張コウもいつの間にかいなくなっていた。あの賑やかさがないと少々寂しいが、きっと何かの任務で夏侯軍を離れたのだろう。 別れがあれば、出会いもある。この世界に来てから一体どれだけの人に出会っただろうか。 蜀の皆を懐かしく思いながら、は小脇に抱えていた小さな壺を、二人に差し出した。 「良かったら、これをどうぞ。甘いものはお腹が膨れますから」 が差し出したのは、干したリンゴの蜂蜜漬けだった。 が作った保存食の一つなのだが、デザートという感覚があまりないこの時代の人達には中々好評だ。 「い、いいのかぁ!?おめぇ、いい奴だなぁ〜〜」 「わ、悪いなぁ・・・。許チョ、少しだけだからな!!」 「飲み込んじゃだめですよ。よく噛んで下さいね」 の言葉に、許チョは大きく頷きながら口をもごもごと動かす。 そしてごっくんっと大きな音がして、許チョは首を傾げながら口の周りをペロリと舐めた。 「不思議だなぁ〜〜なんか腹膨れたぞぉ〜〜」 「天然の蜂蜜でたっぷりと漬け込んでありますから、甘過ぎてたくさん食べたと胃が錯覚するんですよ」 「へぇ、そうなのか。そりゃすげぇな」 「ありがとうなぁ。おらぁ、許チョだぁ。おめぇ、なんて言うんだ?」 「と申します」 「わしは、典韋ってもんだ。助かったぜ、こいつ大食らいで困ってたんだ。おめぇ、どこの国のもんだ」 「国は蜀です。お二人はもしかして魏の方ですか?」 が問うと二人は、おう、と勢い良く頷いた。 ならば夏侯両将軍の同僚、もしくは部下ということになる。 体格と風格からして一兵卒ではないだろう。は距離を取ると、三国式の礼を取った。 「これは失礼致しました」 「おいおい、やめろって!!俺達ぁ、ただの護衛武将だ。御大将がいなけりゃただのゴロツキよ」 「そうだ〜〜、おら、おめぇ気に入ったぞ。だからよそよそしいのは無しだぁ」 護衛武将、その言葉ではある男を思い出す。周泰だ。 そういえば周泰もあまり身分は高くない、と言っていたような気がする。 夏侯惇は周泰を卑下するような言葉を使っていた。それが何故か分からなかったが、どうやら護衛武将と夏侯惇のような将とは同じ将軍と呼ばれる地位にいても、身分が異なるらしい。 現代に生きたにとっては身分の差などせいぜい上司と部下くらいの関係だったが、この世界では決定的な差がある。 それを苦々しく思う一方でどうしようもないという諦めがつきまとう。それはきっと誰もが同じ思いなのだ。 出来れば皆で仲良くして欲しい、なんて思うのは子供のようなわがままなのだろう。 「なぁ、は、夏侯惇の軍にいるだか?」 「ええ、夏侯将軍にお世話になっております」 「じゃあ、また会えるな。俺達はちっと離れちまうが、またすぐに旦那の軍と合流するからよ」 「そうなのですか・・・くれぐれもお気をつけて」 「おう、おめぇもな」 「今度会った時にまたうめぇもん食わせて欲しいだぁ〜〜」 「ええ、お約束します。だからどうかご無事で」 新しい出会いがあってもまた会えるなんて保証はどこにもない。 の言葉に二人は笑顔で頷いた。 「おう、。腹減っちまったぜ。なんかねぇ?」 「ふふ、夏侯淵様ったら」 「うん?なんだよ?なんで笑うんだよ?」 「さっきも同じような言葉を聞いたものですから」 日暮れ時、当番の兵達と夕餉の支度をしていると、軍議を終えた夏侯淵が天幕から顔を出した。 笑ったわけを話して聞かせると、そりゃあ、許チョと典韋だな、と顔を綻ばせた。 「合流したばっかだからあいつらもゆっくりさせてやりたかったんだがよ。西で援軍の要請があったからな」 「そうなのですか」 「おう。つってもあいつらが援軍たぁ、敵さんの方が気の毒ってもんだぜ。殿が見込んだだけあって、あいつら強ぇからな」 ぼりぼりと鬚をかきながら笑う夏侯淵に、は恐る恐る口を開く。 「護衛武将だとお聞きしましたが、それはどのような身分の方なのでしょうか」 「身分?んーー、まぁ、護衛武将ってのは要は誰かを護るってことだからよ。状況によっちゃぁ身代わりで死ぬっつーこともあるし、まぁ貴族や豪族の血筋ってわけにゃーいかねぇからな。大体は一兵卒から腕の立つ奴が選ばれるぜ」 「そうなのですか」 「許チョと典韋も惇兄と殿が気に入ってどっかの村から引っ張ってきたんだぜ。元はなんの身分もねぇけど、あいつから強いからよ。豪族の血を引いてるってだけで剣もろくに扱えねぇ連中と身分取り替えてやりてぇくらいだぜ!」 持ち前の明るさで夏侯淵は面白おかしく護衛武将二人の武勇伝を話して聞かせた。 周囲の兵達も笑いながら聞いている。 「でもよぉ、なんでそんなこと聞くんだ?」 「あっ、いえ・・・特になにも―――」 「気になるのはあの男のことか」 和んだ場に鋭い声が走った。兵の表情に緊張が走る。 それはひどく機嫌の悪そうな夏侯惇の声だった。思わず、夏侯淵と二人、びくりと肩を揺らす。 「か、夏侯惇様・・・・」 「なんだよ、惇兄!びっくりさすなって!」 夏侯淵の言葉を無視して、夏侯惇は人目も憚らずの腕を掴んだ。 「あの男のことは忘れろ。それとも忘れられない理由があるのか?」 「い、いえ、そんなことは・・・」 「もう二度と口にするな。反吐が出る!!」 そう吐き捨てながらも、の腕を離そうとしない夏侯惇に誰もが戸惑う。 どうしてこんなに怒っているのか、は分からずに隻眼を見つめた。 その瞳にははっきりとした怒りが読み取れる。 でも自分はその理由を知らない。だったらそれはただの八つ当たりに過ぎない。 「夏侯惇様」 「元譲だ」 「・・・元譲様」 「なんだ」 「メッ!!」 バチンっと大きな音が響いた。がこともあろうに夏侯惇の額に掴まれていない右手でデコピンを喰らわせたのだ。 一瞬にして空気が凍る。ただの女が将軍に狼藉を働いたのだ、その場で打ち首にされたって文句は言えない。 誰もが青ざめる中、は夏侯惇を睨みつける。 隻眼の将は、緩慢な仕草で対して痛みもしない額を抑えた。 「おおおおお、おい、!!」 「将軍様ともあろう御方が、自分の気分次第で怒鳴り散らすものじゃありません」 「!?おお、おい、止めろって」 慌てふためく夏侯淵を尻目に、は腰に手を当てて自分の子供を叱るようなその仕草を崩さない。 「、貴様・・・・」 「なんでしょう?」 「なにやってんだ、、謝れって!と、惇兄も許してやってくれよ、な?な?」 「黙っていろ、淵。、ついて来い」 「畏まりました」 自分の天幕へ向かって歩き出した夏侯惇にも続く。 想像以上に厳しい二人の遣り取りに淵と周囲の兵達は右往左往して二人の背中を見送る。 は兵の誰からも好かれている。こんなことで失いたくはないのに自分達にはどうすることも出来ない。 「夏侯淵様〜〜このままじゃ殿が!!」 「わ、わかってっけどよぉ!!だ、大丈夫だって、惇兄がを手打ちにするなんてことねぇって!!」 そう言いながらも不安は拭えない。 結局大の男が十人ばかり肩を震わせながら、事を見守るしかなかった。 人払いされた夏侯惇の天幕には粗末な寝具の他には何もなかった。 華美を好まない夏侯惇の人柄がここで知れる。質素ながらも実用に拘るその人柄をは好ましく思っていた。 「そこに座れ」 寝具を指して言う夏侯惇に素直に従い、腰を下ろす。 寝具以外は土で覆われている天幕の中、それが夏侯惇の優しさだとは思ったが、当の夏侯惇は額に皺を寄せた。 「お前は・・・本当に伝わらん女だな」 「―――はい?」 その瞬間、視界が暗くなる。それが夏侯惇に押し倒されたからだと理解するのに数秒を要した。 乾いた唇が押しあてられ、ぬるりとした感触に背筋に悪寒が走る。 それはあまりに久し振りに感じる、他人の熱だった。 「――げ、げんじょうさま・・・・・」 「抗うな。貴様にその術はない」 太い二本の腕に両手を拘束される。 身体ごと押さえつけられれば、確かに抗う術はない。 「、俺は貴様が欲しい」 息を吸おうとすれば、その舌を絡めとられる。 伝う唾液に堪え切れず呑みこむと、目の前の獣が喉を鳴らすのが聞こえた。 「周泰に嫉妬した。それが怒りの理由だ」 このままではいけないと、なんとか抵抗しなければと思うが身体が動かない。 「だから貴様も理解しろ。俺は子ではない。ただの男だ」 何を思ってか、夏侯惇が己の眼帯を外した。 ちらりと覗いたのは暗い空洞と痛々しい傷痕。 魏延の仮面と同じく、夏侯惇もまた眼帯で本当の自分を隠していた。 それを見せてくれたことを嬉しく思う。こんな状況でなかったら、きっと。 唇が深く、深く重なる。 零れた涙すら獣の舌に絡めとられて、何一つ逃れることは許されなかった。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― この時点で典韋が反乱軍にいるのはおかしいことに気付きました。気にしないで下さい;; |