「ああ、そういや、この先で夏侯惇達が陣を張っているらしい。行くか?」


孫策にそう問われ、戸惑いもなく頷いたのには訳があった。

また、会える。その予感があったからだ。





馬の尻を鞍で蹴り、周泰は誰よりも早く地を駆けた。















絆IF物語。もしもOROCHIの世界に落ちたら6











その姿は思ったよりも早く見つかった。

孫策が夏侯両将軍に挨拶へ行くからと天幕へ向かったのを幸いと、周泰は一般の兵達の天幕へと向かった。

兵達の服装は見事なまでにバラバラだった。

一つの拠点を主にしている他の反乱軍とは違い、曹操を探すために奔走を繰り返している夏侯軍は、各地で軍や国とはぐれた兵や民を拾っているというから、それも当然かもしれない。

魏・呉・蜀・そして黄巾の者もいれば戦国の世の兵もいる。

周泰は改めて夏侯惇という男の器量の大きさを知った気がした。これだけ千差万別の者達を受け入れるのは容易ではない。

ではその隻眼の将を従える曹操という男は一体どれほどの男なのか。それを考えると恐ろしささえ感じほどだ。

探し人がそんな男の傍にいるのだと思うと、背中をかきむしりたくなるような感覚に襲われる。



つらつらと男ばかりの人の山をかき分けて歩いていると、やがて明るい声が聞こえ周泰は視線を左右に巡らせた。





「・・・・・見つけた」




低く小さな声は誰にも届かない。聞き分けられるのは、主である孫権くらいのものだ。

だというのに。

髪をかきあげてこちらを見た女の視線に、周泰は己の声が届いたのだろうか、と自惚れずにはいられなかった。




「周泰さん?・・・周泰さんじゃありませんか!」


周泰をただの一兵卒だと思い込んでいるは、臆することなく笑顔で駆け寄ってくる。

周泰はほんの少しだけ息を吐き、頬の緊張を解いた。覚えていた、ただそれだけのことに不思議なほど安堵する。




・・・・息災か」

「はい!周泰さんもお元気そうで。どこかの軍の方が合流なさったと聞いておりましたが、周泰さんの軍でしたか」


の手には相変わらず洗濯籠が握られていた。川はすぐ近くにあったから、ちょうど洗って干すところだったのだろう。

周泰はその洗濯籠をの腕から奪うと、周囲を見回す。背の高い周泰からすればどこになにがあるかなど一目瞭然だ。



「・・・・あそこか・・・・・」

籠を持って歩き出すと、すぐうしろにが付いてくる。

「手伝って頂けるんですか?」

その言葉に無言で頷くとふふっとが口元に手を当てて笑う。

周泰は周泰で、相変わらず何も言わずとも察してくれるとの居心地の良さに、口元に弧を描いた。



「周泰さんは確か・・・呉の方でしたよね」

「ぁあ」

「以前、孫策様と陸孫様という武将の方にお会いしましたが、お二人ともお優しい方でした。ご存じですか?」

「!・・・いつだ?」



知っているもなにも周泰は孫策軍にいる。そして陸孫も今は軍師として別の隊を率いているため別行動だが、少し前までいっしょにいた。

二人がに会ったことがあるなど初耳だ。



「周泰さんにお会いする少し、前のことです」

「・・・・そうか・・・」


周泰が孫策軍と合流したのもに出会うひと月ほど前のことだ。が二人に会ったのはそれよりも前のことだったのだろう。

今回孫策が夏侯両将軍に会いに行ったように、この世界では国境はなんの意味もなさない。

そして元々人懐こい孫策は誰とでも打ち解ける。夏侯両将軍のことも気に入っているらしく、定例会議で度々話しているところを見れば、夏侯軍にいるが会う機会があってもおかしくはないだろう。



だが。

そう思っていても、孫策達が周泰よりも早くに出会っていたという事実が、周泰の胸を突く。

出会ったばかりだというのに、どうしてこれほどまでにこの女に焦がれるのか。
この想いがどこから湧き出てくるのか分からないが、周泰は一つだけ知っている。
乱世で、とりわけこの混乱した世界で、一度別れれば再び会える保障はない。
欲しければすぐに、手を伸ばすしかないのだ。








「はい?」



物干し竿に衣類を干すの手伝いをしながら、作業が終わるのを待って周泰はその身体に手を伸ばした。

少しだけ肩を引く。それだけで体格差があるの身体が、周泰の元へ飛び込んでくる。

その腰に腕を回し、大きな背中を丸めて耳元で囁く。


「しゅ、周泰さん?」

「・・・・・・・・俺の軍へ来ないか・・・」

「え?」

「俺の元へ、来い」




その言葉にが口を開くよりも早く、周泰の首元に刃が光った。

周泰は動じることなく、視線だけを背後に巡らせる。そこにはかの隻眼の将の姿があった。





「このような戦地で他軍の女を口説く余裕があるとは恐れ入るな、周泰!」

「・・・夏侯惇・・・」

「か、夏侯惇様・・!?」



抜き身の刃を周泰に宛がう夏侯惇に、が悲鳴のような声を上げる。

だが周泰は動じることなく、腕の中の身体も離すことはない。



「その女を放せ。仮にも将たるものがこのような短慮に入るなど愚行だぞ」

「・・・・個人の情に将が関与することでもあるまい・・・・」

「その女は蜀の民だ。いずれ蜀の軍に無事帰してやるのが俺の役目。貴様こそ女なら他を探せ。最も我が軍には兵に遊ばせるような女は一人もおらんがな」

「・・・蜀・・・・・」


その言葉に腕の中を見ると、の瞳が不安げにこちらを見上げていた。

蜀の民だとは知らなかった。その白い肌は確かに呉では有り得ず、だからと言って蜀だとも思えないのだが。



!こちらへ来い!周泰、貴様も武将ならば己の立場を弁えよ!」

「周泰さん・・・将軍様だったのですか」

「・・・・周泰、のまま・・・・」




周泰はギリっと奥場を噛みしめた。何故だろう、知られたくなかった。

己の位を知ればまた遠のく。に平伏され距離を置かれるのは嫌なのに。




腕の力を弛めて、その身体から手を離す。

これ以上は個人ではなく、隊の問題になる。夏侯惇の様子からいって見逃すことはないだろう。

は戸惑いながらゆっくりと周泰から離れていく。

その緩慢な動きに焦れたのか、夏侯惇がの腕を引き、その身体を腕の中に閉じ込めた。ちょうど先ほど周泰がしたのと同じように。




「貴様・・・!」

「これ以上呉の名に傷を付けるような真似はせぬことだ、野良犬風情が」



捨て台詞を吐き、夏侯惇がを連れ去る。



将が単なる女にあそこまでするはずがない。

加えて周泰を挑発するような行動、あの男もまたを欲している。

どうやらまた手は出していないようだが、それも時間の問題だろう。

の立場からすれば、己が身を置く軍の将に求められれば断れるはずがない。






「・・・・無事に蜀に帰すだと・・・!」



よくも言ったものだ。夏侯惇自身は手を出さないつもりだとでも?

押さえられない怒りと焦燥が胸の中を駆け巡る。

孫策軍と夏侯軍が同盟など組んでいなければ、すぐにでも攫ったものを!





そこまで考えてハッと我に返る。

己はもう水賊ではないのだ。無理やり奪うなどと、呉の将にあるまじきこと。

『野良犬風情が』

夏侯惇の声が響く。この浅ましい己の思考までもあの男に読まれていたというのか。




「・・・・くそっ・・・・・」




己の主ならばこんな自分を見てなんと言うだろう。

孫権はいまだOROCHIの支配下におり、一刻もはやく助けねばならぬというのに、己は一体なにをやっているのか。

周泰はただその場に立ち尽くし、拳を握りしめた。









































「あ、あの・・・・夏侯惇様・・・」

「説明しろ」

「せ、説明と言われましても・・・」



夏侯惇は己の天幕に戻るとすぐに人払いをし、の身体を引き寄せた。


立ったまま抱きしめられるように右手を腰に回され、上を向かせられる。

左手で顎を掴まれ逃げることも適わぬまま、はたじろいだ。



「あの男は孫家次男の護衛武将だ。知らなかったか?」

「は、はい・・呉の兵だとは聞いておりましたが・・・」

「身分を偽って女を口説くとはな。あの男何を考えて」

「い、いえ!口説くなんてそんな・・・!!」



慌てて首を振るに、夏侯惇は本気で舌打ちをした。

この女は本当にそう思っているから質が悪いのだ。どの男も、自分の息子が甘えているとしか思っていない。

現に夏侯惇に抱きしめられていても、戸惑いはしても嫌がる素振りは見せない。

男と女の情ではなく、子と親の触れ合い程度にしか思っていないに違いないのだ。



「あれはお前ことは何も知らぬのだろう?いい加減自覚しろ。貴様の実齢がどうであろうと、はたからは妙齢の女にしか見えん」

「その・・・周泰さんはただ私を心配してくれたのだと・・・」

「ほぅ?あのような行動を取られてもまだそのようなことを言うか。無理矢理襲われでもしなければわからんというなら、わからせてやろうか?」




夏侯惇の左手が一層強くの顎を引く。互いに吐息を感じるほどの距離に、は慌てて身体を引こうとするが、腰に回った右手がそれを許さない。

鋭い隻眼が怯える瞳を捉え、ぎゅっと目を瞑るとその上をぬるりとした感触が走る。

夏侯惇に瞼を舐められたのだとわかり、は小さく震えた。



「安心しろ。俺は無理やり女を抱く趣味はない。・・・・・・俺はな」

「夏侯惇様・・・」

「元譲だ」

「元譲様・・・?」

「ああ」



字を呼ばれ、夏侯惇は口元を緩める。

その様子にも安心したのか、強張った表情から安堵の息を吐き、夏侯惇の頬を撫でた。

それは母が子にするように優しく、穏やかな笑みで。


「貴様・・・ちっともわかっとらんな・・・・」

「え?」

「いや、いい。今はまだこのままでも、な」



これだけしてもまだ子供扱いが直らないに、脱力しながら息を吐く。

これだからこの女は放っておけない。





「まずは野良犬退治か・・・・」







ぼそりと呟かれた言葉にはある決意が秘められていた。

















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周泰VS夏侯惇、まだまだ続くよ(^^)