子供の面倒を見ると決めた時点で一つ困ったことがある。 それは服。 子供と出会い、一晩過ごした次の日の朝、はまず子供の服を調達することを考えなければならなかった。 今は夏だけれど、大人用の上着を被らせたままではあんまりだ。 10秒ルール膝にのせたエンの口に焚いたばかりのご飯をフーフーしながらは考えていた。 子供の服、なんて一体どこで買えばいいのだろう。 もちろんデパートなどに行けばいくらでも手に入る。 だがそこにエンを連れていくことが出来ないのは、昨日一日の子供の行動を見て明白である。 そしてエンを長い間留守番させることもほぼ、不可能。 従っては極めて短時間の外出で、エンの子供服と下着を手に入れなければならないのだ。 「うーん、どうしたら・・・・」 「」 「あ、はいはい、あーんね」 「アーン」 私の袖を引き、ご飯をねだるエン。 雛のように口を開けたまま、ご飯が運ばれるのをじっと待つ様は可愛い子供以外の何者でもない。 確かに、少し見た目は可愛いとは言い難いけれど、中身はこんなにも可愛らしい。 赤の他人の私でさえそう思うのだから、親ならば尚のことだと思うけれど、子供に両親のことはまだ聞けずにいた。 聞いたきっと、子供に辛い思いをさせてしまうだろうと、漠然と感じているから。 「ねー、エンはどんな食べ物が好き?」 「我、ニク!!」 「お肉?そうだね!エン、成長期だからね!お肉食べなきゃね!」 痩せた体を見れば食事をまともに取れていなのは一目瞭然。 この身体にタンパク質は確かに必要だろう。 私も本格的に料理を考えなければならない。でもやっぱりそのお肉を手に入れるためにも一度外出しなければならないのだ。 「じゃあさ、エン。今日はお肉たくさん用意するからちょっとだけ一人でここで待っていられるかな?」 「我・・・・ヒトリ?」 「う、うん。すぐ戻ってくるよ。だからそんな顔しないで、ね?」 ヒトリ、と呟いたエンが途端に悲しそうに私の身体にしがみついて、胸に顔をこすりつけてくる。 駄目だ、こんな子、絶対一人に出来ない。一人になったら寂しくて死んじゃいそうだよ! 「」 「ごめん。なんでもない。大丈夫、一緒にいるから」 「、イッショ?」 「一緒だよ。だからご飯の続き。ね?」 「アーン」 「はい、あーん」 こうなったら最後の手段。ご近所ネットワークを駆使して子供服をもらうしかない。 子供服さえ手に入れれば、一緒にスーパーへ行くことも可能なのだ。それならエンを一人にしないで済む。 もしかしたら私とんでもない過保護気質なのかもしれない。でもいいんだ、この子の悲しそうな顔見たくない。 そんなわけでエンのご飯が終わると、子供の目を盗んで受話器を手に取るのだった。 「つくづくありがたいなぁ・・・・・ご近所って」 一人暮らしなので、実はそれほど近所付き合いなんてものはない。 それでもこうして困っていると事情を説明すれば助けてくれる人がいるのだから本当にありがたい。 目の前の子供服の入った紙袋を見て、はほぅ、とため息をついた。 「あ、これなんかいいかなぁ」 貰ったのはご近所で子供がもう中学生になったという男の子がいる家庭の奥さんからだ。 エンは痩せているが、身長だけすると小学3・4年生くらいあるので、それくらいの時のお古を頂いた。 こちらから頼んだのにわざわざ持ってきて頂いて申し訳なかったけれど、それは子供を育てた経験のある主婦。 預かった子供を残して家を出れないと説明すると快く了承してくれた。しかも新品の下着まで用意してくれて。 本当に感謝の一言に尽きる。 「ほら、エン、おいで」 目の前で見慣れないものを触っているに不思議そうな顔をしながら、エンが寄ってくる。 が選んだのは、白いTシャツとジーンズの半ズボン。 まず今着せている服を脱がせる。下着も穿いていないからこれでもう素っ裸だ。 「はい、片足上げてここで足を通してー」 「ゥウ”?」 「そ、そうやって、はい、こっちの足もねー」 目の前でかわいいものがぶらぶらしているのを見て、つい笑ってしまうのはしょうがない。 両脚を通した子供用のブリーフを腰まであげて、今度はズボンを同じように穿かせる。 今度は二度目だからスムーズに履くことが出来た。 「はい、今度は手を上げてー。ばんざーい」 「アウ”?」 「ばんざーい」 ばんざい、の意味が分からなくても、が手を上げて見せればそれを真似るエン。 ばんざいした子供の手、頭にTシャツをズボリと被せる。 「アウウア”!」 「頭出すの、ほら、こうやって」 突然でびっくりしたのか頭を激しく振るエンを抑えてTシャツの裾を引っ張って、お腹まで下げてやればこれで完成。 「ぉお、可愛い」 完成品を見つめれば、そこには可愛いクマのプリントのTシャツを着た我が子、と錯覚してしまいそうな子供。 最初の印象こそまるで野生の狼少年を拾ったような感じだったけれど、きちんと服を着せればそれなりに見える。 日本人ぽくないのは仕方ないとして、あとは髪の毛だろうか・・・・・。 ぼさぼさで顔を隠してしまうほど乱雑に伸びた髪の毛ではまだ外へは連れて行けない。 「でもなぁ・・髪切っている間大人しく出来るかな・・・・」 他人の髪を切ったこともないし、もし万が一髪を切っている途中でいきなり後ろを向かれたらすごく危ない。 この子はとにかく落ち着きがないのだ。一つのところにじっと座っていることが出来ない典型的な子供。 「うーん・・・・って、エン!何やってるの!」 そんなことに頭を悩ませていると、ちょっと目を離した隙にTシャツを脱いでしまったエンの姿が目に入った。 ぽいっとクマさんプリントを床に放り投げてしまう。 「なんで脱いじゃうの?裸だと風邪引くでしょ!」 「我、イラヌ」 「いらなくないの!ほら、もう一回着なさい!」 「ゥウ”!」 もう一度、とTシャツを拾い上げる私に首を振るエン。 ズボンは脱ぐ様子がないことに気付き、私は最初のエンの姿を思い出す。 そういえば腰に蓑を巻いていたけれど、上半身は何も身に付けていなかった。 上着を着る習慣がなかったのだとしても、此処にいる間は着てもらわなくてはならない。 子供に服を着せないことは、現代社会では虐待になり得るのだ。 「エン、それ着ないとここにいられないよ?服着ない子は悪い子なんだから」 「アウ”?」 なんのことかと首を傾げる子供に、少し意地悪な顔をして呟く。 「これから10、数を数えます。10数え終わる内にそれ着ないと、もう”ちゅう”もしないし、一緒に寝てもあげない」 「ガッ!」 「悪い子は私嫌いだから。10秒ルール!はい、いーち、にーぃ、」 さん、と言う前にエンがばっと猫のように飛び跳ねて、放り出されたTシャツを拾い上げた。 わたわたとTシャツの中に顔を突っ込む。けれど同時に手を通していないから、なかなか着れずにいた。 「ごーぉ、ろーく、なーな」 ゆっくりゆっくり数えるけれど、まだTシャツの上の部分からエンの顔は覗かない。 フガフガ、と鼻を鳴らすような音だけが聞こえ、子供なりに頑張っているのだと教えてくれる。 「ほら、此処から顔出すの」 その頑張りに敬意を評し、数を数えるのを止めて顔を出す場所を教えてあげる。 「ガァ!」 スポンと子供の顔が覗き、両手も本来あるべき場所へ通してやる。 やっと身体が自由に動かせるようになったエンは慌てて私に飛びついてきた。 「我、イイコ!、”チゥ”!」 「はいはい、よく出来ました」 せがまれるまま ちゅうをした私に安心したのかエンがそのまま私の膝の上でまるくなった。 どうやら脅し過ぎてしまったらしい。 しまったなぁ、と思いながらもこれも躾よね、と自分で納得する。 「エン、さっきのはね、10秒ルールって言うの。覚えた?」 「・・・・・・我、・・・・イヤ」 「だったらちゃんと言うこと聞こうね?またワガママ言ったら10秒ルール発動だからね?」 「ヌゥ”ウ”ー!」 「唸っても駄目ー」 ぐずるエンの背中を叩いてあやしながら、いい躾の方法を思いついたと口端を上げる。 どんなに可愛い子にも躾はやっぱり必要だから。 「我、クサ、イラヌ」 「駄目!野菜も食べなさい!はい、10秒ルール!いーち、にー」 「アウ”!我、タベル!」 それから10秒ルールは度々発動されることになる。 |