子供を布団に寝かせて、それから自分もその隣に滑り込む。

かなり念入りに洗った身体と髪からは石鹸の匂い。

痩せた身体にお腹いっぱい食べたせいか、おへその部分が満足げに膨らんでいる。




「エン、お休み」

「オ・・ヤ・・スミ?」


何気なく言った言葉に、首を傾げるエンに、ああ、やっぱり文化が違うのかしらと宙を仰いだ。










挨拶











「お休みっていうのは、いい夢見てね、っていう寝る時の挨拶なんだよ」

「アイ・・サツ・・?」

「そう。礼儀作法・・・いや、一緒に暮らす相手に対する思いやり、なのかな?」

「?」

「私はエンのことが好きだから、エンにここが好きになって欲しい。だからね、挨拶するの」

「スキ?」

「オハヨウ、とかオヤスミ、コンニチハっていうのはね、相手を認めてるってことだから」




エンの顔を覗き込んでその額にキスをする。



、ナゼ、我、舐メル?」

「うん?舐める?」



私がキスをした場所を手で押さえて、目を白黒させるエンに思わず笑みが零れる。




「これはね、親愛のキス――、じゃなくて、ええと、”ちゅう”、だよ」

「チゥ?」

「”ちゅう”。こうやってね、肌を触れ合うことは誰とでも出来ることじゃないでしょ?
好きな人としか出来ないことだから、だから私はエンに”ちゅう”するの。
今したのはお休みの”ちゅう”。これはね、大好きって印なんだよ」


エンが腕の中で身じろぎする。

顔を上げて、そして私の頬をペロリと舐めた。


「チゥ」

そう呟くエンに、思わず舐められた頬の熱が上がる。



もう、なんなの!この可愛い生き物は〜〜〜〜〜!!!!!



まぁ、”チゥ”じゃなくて”ちゅう”だとか舐めるんじゃなくて、唇を触れさせるのだとか色々間違いはあるのだけれど。

なんかもうどうでもいいです、子供って可愛いんだなぁとエンを思い切り抱きしめる。





「お休み、エン」

「オ・・ヤス・・ミ」


照れているのか、私の胸に顔をぐりぐりと埋める。

そんなにしても私の胸なんか大した大きさないから気持ち良くないだろうと思いつつ、そのまま寝るつもりらしいので、私も目を閉じる。

すやすやと可愛らしい寝息が聞こえた頃には私の意識も落ちていた。























「うん・・・・・?う〜〜〜」




何か生暖かい感触で目が覚めた。頬を何かが舐めているような・・・・

はっと目を覚ますとそこにはエンがペロペロと私の頬を舐めている。



、アサ」

「起こしてくれたんだ・・・・おはよう、エン」


このペロペロはおそらくおはようのちゅうのつもりなんだろう、とエンの頬にちゅうをする。

するとエンのちゅうはますますヒートアップして、あっという間に私の両頬がベタベタになった。



「エン、朝の挨拶、おはようって言おうね」

「オハ・・ヨ・・」

「そう、エンは今日もいい子だね」

「我、イイ子!」

「じゃあいい子はまず、顔を洗おうか」






エンの手を引いて、洗い場から洗面器を持ってくる。

その中に水を張って、エンの手が届くように居間のテーブルの上に置くと、エンがまじまじとそれを見つめた。



「はい、顔洗おうね。こうやって」


まず手本と、洗面器の水を手のひらですくって洗ってみせる。

本当は洗顔とか化粧水とか色々あるのだけれど、今はエンの教育が先だ。

用意しておいたタオルで顔を拭いて、次はエンの番だよ、というとエンが思い切り顔を洗面器に突っ込んだ。




「エン!?」


水が飛び跳ねて、目を瞑った瞬間、エンが顔をあげてブルブルっと顔を横に振る。


「こら、エン!駄目でしょ、手を使いなさい!!」


本当に獣のようだ。この様子じゃとても人前に出せそうもない。

警察や施設に引き渡すにしても、きちんと躾けてからじゃないとこの子はどこに行っても孤立するだろう。



「もう〜〜〜ほら、これで顔拭くの!」


タオルでごしごし顔を拭いてやると、その手を避けて私の胸に飛び込んでくる。

どうしたかと思ったら、ぐりぐりと胸に顔を押しつけて顔を上げずに呟いた。



、怒ル、我、キライ?」



不安そうに揺れる子供の目。

最初から何一つ持っていなかった子供。

あやすように頭を撫でて、出来る限りの笑顔を作ってそれに応える。




「大好きだから、怒る時もあるんだよ。エンに立派になって欲しいから、悪いことをしたら私は怒るよ」

「スキ・・・・怒ル?」

「そう。その代わり、いいことをしたり、何かを出来るようになったら、いっぱいいっぱい褒めてあげるから。
だからごめんなさいも、ありがとうも、おはようも、おやすみも、できるようになろうね」

「我、、スキ」

「うん、私もエンのことが大好きだよ!」







初めて子供から聞いた”好き”という言葉に、私は頬を緩ませながら、抱き締める。

まだまだこれからだから、教えることはいっぱいあるから。






出来るだけ一緒にいてあげたいと、その時は本当にそう思ったんだ。