「この化け物め!!」 「こっちへくるな!あっち行け!」 「ゥウウア”!」 化け物、それが自分のことを指すのだと理解するのにそう時間はかからなかった。 でもわからなかった。どうしてそう呼ばれるのか。 どうして石を投げられるのか。 どうして村の輪に入れてもらえないのか。 どうしてずっとずっと一人なのか。 魏延にはわからなかった。 獣の眠りエン、という名を誰が付けたのか、自分自身知らないまま魏延は育った。 赤子の内は誰かしらが育ててくれたのだろう。乳を与えた人間だっていたはずだ。 だが物心ついた時にはもう、魏延は人の輪から外れ、村から離れた穴倉に住んでいた。 喉が渇けば、湧水を飲んだ。腹が空いたら木の実やキノコを狩って食べた。 けれどそれだけでは腹は満たされず、魏延はいつも腹を空かせていた。 食べ物を蓄える知識なんてなかったから、冬は当然飢えた。 寒くてけれど暖を取る方法も思いつかなくて、足は自然と村の方へ赴く。 けれど魏延を迎えるのは温かい食事でも毛布でもなくて、人々の蔑んだ視線と罵倒、石のつぶてだった。 どうして。 どうして自分は村に入って入ってはいけないのだろう。 どうして自分の傍には誰もいてくれないのだろう。 どうして自分は化け物と呼ばれるのだろう。 それが段々と自分の容姿のせいだと理解したけれど、だからといってなんの解決にもならなかった。 人との交流も出来ず、ろくに言葉も覚えられず、人間らしい生活も出来ず、いつしか魏延は本当の獣となった。 山に入ると人の形をした化け物がいるぞ 同じ年の頃の子供たちはそう言って魏延に石を投げつけた。 喉が渇いていた。お腹が空いていた。 冬の訪れが間近に迫っていて、周囲は枯れ木ばかり。木の実もきのこも獣も、目に付くものは全て食べ尽くしてしまった。 寒風から身を隠すものは寝床に敷き詰めた落ち葉しかない。 空腹と寒さでどうしようもなくてガタガタ震えながら、丸くなる。 「ァアア”ア”!!」 泣いても叫んでも、誰も助けてくれないのだと知っているのに、それでも叫んだ。 「ァアア”ア”ア”!!」 異形だった。 ただそれだけだった。 それだけのなのに。 タスケテ、と乞うことすら魏延には出来なかった。 誰も教えてくれなかった。許されなかった。 やがて叫ぶことすら出来なくなって、魏延はうつらうつらと眠りについた。 願わくばもう二度と目が覚めぬように、腹が空かぬようにと、願いながら。 次に目が覚めた時、魏延は温かな場所にいた。 ゆらゆらと穏やかに頬を撫でる風、木で囲まれた小屋のような場所に魏延はいた。 目に映るのはどれも見たことのないものばかりで、咄嗟に魏延は四つん這いで唸って見せたがそれで悲鳴をあげるような生き物はいなかった。 「ア”ウ?」 見知らぬ場所に怖さよりもまず寒さに震えなくてもいいのだということに、首を傾げた。 次いで空腹を思い出したが、目に映るものはどれも見慣れぬものばかり。 食べ物らしきものを卓の上で見つけたが、とても口に入れる気にはならなかった。 魏延の目には眩しかった陽が段々と落ちて暗くなってきた頃、人の気配がして魏延は眠りかけていた瞼を開いた。 耳をすませれば物音と共に人の足音が聞こえてくる。 見つかったらどんな目に遭うか分からない。隠れなければ、と咄嗟に辺りを見回す。 目に付いたのは柔らかそうな布が重なっている物置きのような場所。 それが何か考える暇もなく、魏延はそこに頭から突っ込んだ。 次に瞼を開いた時、魏延の目の前には見知らぬ女がいた。 「ァア"ア"ア"ア"」 殺される。そう思って、女の腕に力いっぱい噛みつく。 殴られる。殺される。逃げろ。逃ゲロ。ニゲロ!! けれど女は。 「怖くないよ、私は貴方に何もしない。だから・・・、名前教えて?」 痛むだろう腕を振り払いもせずに、女はただ笑って、 魏延を抱きしめた。 それは生まれて初めて感じる人間の温もりだった。 あの時大きくて温かいと感じた身体は、今枯れ木のように小さくなって魏延の腕の中で眠っている。 身体が冷えてしまえばもう二度と目覚めぬような気がして、魏延は雛を暖めるようにの身体を放すことができなかった。 「・・・・」 もう既に、愛おしい名を呼ぶ声も枯れていた。 うつろうつろ、意識が途切れていくのを感じる。この感覚は初めてじゃない。 幼かった頃、飢えや寒さで何度も意識を失った、絶対的なものにまだ出会っていなかったあの頃の。 がもう二度と目覚めぬというのなら、それでもいい。共に逝くことが出来るなら。 魏延はの呼吸を確認するように、ゆっくりとその胸に顔を埋め自身も瞼をきつく閉じた。 彼の人のいない世界でもう二度と、目が覚めぬようにと願いながら。 願わくばもう二度と、二人引き裂かれぬように。 |