年に一度のクリスマス。それは子供にとって一大イベントで、大人にとっても大切なイベント。

大切な人に大事な思い出を作る為に、子供は夢を見て大人はその夢を紡ぐ。

それは仮の親子でも同じこと。

すぅすぅと腕の中で眠る子供になにか思い出に残ることをしてあげたい。

そう思うのはとても自然なこと。






「さぁ、エン!今からこのツリーに飾り付けをするから手伝ってね!」

「アウ”?」



コテン、と効果音が出そうなほど首を90度直角に首を傾げたのは、かわいいかわいい子供。

名前はエン。生まれた国も家族のことも何も分からない。けれど紛れもなく、かわいい私の子供。


「今日はね、クリスマスって言って、サンタさんがいい子にプレゼント・・贈り物をしてくれる日なの。
だから今日は一日私を手伝って、エンはいい子ですよーってことをサンタさんに教えてあげようね?
そうしたらきっとサンタさんがエンに贈り物をくれるから」

「ウ”!我、イイ子!」

「はい、じゃあ手伝ってね。まずはこの綿をツリーに飾ろうか」

「ゥゥ”?」

「これはね、雪のかわりなの。ふわふわって白くて雪みたいでしょう?」

「ユキ?我、ワカラヌ」

「そっか。エンの住んでいるところは雪は降らないのかな?」





エンの生まれははっきりしないけれど、南蛮のような暑い大陸だということは察しがついていた。

窓の外を見ると、私につられてエンも外を見る。クリスマスイブの今夜の予報に雪マークは付いていなかった。



「雪はね、雨が冷たくて固まって出来たものなの。ふわふわしておいしそうなんだよ。エンにも見せてあげられたらいいんだけど」

「ユキ、オイシ?」

「食べられは・・・しないかな?でも、今日じゃなくてもいつか、一緒に見られたらいいね」

「我、、イッショ!!」

「一緒ね、エン」





額をくっつけ合って笑う。いつまでこうしていられるかなんてわからないけれど。

この子が笑えるならばいつまでも一緒にいたい。



!」


突然エンがツリーの飾りの中で一際目立つ星を指さして飛び跳ねた。



「ポラリス!」

「ぽら・・りす?」


今度は私が、うん?と首を傾げる。

エンは嬉しそうにツリーの上をポラリス!と繰り返す。



「それ、なぁに?」

「ホシ、我、知ル!!」

「ぽらりすって星の名前なの?」

「ウガ!!」



大きく頷いて私の胸に飛び込んでくる身体を慌てて抱きとめると、エンは嬉しそうに私の胸に顔を埋める。



「ポラリス、空、ズット、在ル。我、、ズット、在ル」

「―――そうね、星みたいにずっと当たり前に一緒にいれたらいいね」

「ガウ!イル!」


きゅうっと、私に抱きついた腕の力が強くなる。

離れたくない、そう思っているのが私だけじゃないのが嬉しい。



私はエンを抱えたまま、ゴロンと床の上に転がった。

視界に広がるのは空じゃなくて、天井。そしてツリーと偽物の星”ぽらりす”



「いつか来るクリスマスの夜、本物の星を一緒に見れたらいいね」

「見ル!イッショ!」

























































見上げれば雲一つ無い星空。

都会のビルの中で育ったせいか、なに一つ遮ることのない空がまるでプラネタリウムのように見えて、は白い息を頭上に向かって吐いた。



「うぅう〜寒ィなぁ」

「夏侯淵様、どうなさいました?」

「そりゃあこっちの台詞だぜ。どこにも見当たらねぇと思ったら、こんなところでなにやってんだよ」




夏侯淵が辺りを見回す。緩い丘の上にある崩れかけた城壁。

それを壁とするように、ぐるりと反乱軍の天幕が張られている。

夜ももう遅く、かがり火がなければ丘の上といえど満足に動くこともままらない。

そんな中に、は一人、天幕から離れて空を見上げていたのだ。



「一人で危ねぇだろ。どこにOROCHI軍が潜んでいるかわかんねぇのによ」

「ごめんなさい。少し、星を見ていました」

「星ィ?そんなもん見たって食えねぇぞ?」

「ふふっ、夏侯淵様ったらまだお腹空いているんですか?」




の笑い声に、夏侯淵はおどけた仕草でゆさゆさとお腹を揺すってみせる。

そのお腹には先ほど夏侯淵自らが狩猟した鹿のスープがたっぷりと詰まっているはずだ。



「夏侯淵様、風邪を引いたら大変ですから、もうお戻りください」

「だったらお前も一緒じゃなきゃよ。一人で残したら俺が惇兄にしかられちまうぜ」

「私ももう少ししたらすぐに戻りますので」



曖昧な返事をすると、夏侯淵が顎ヒゲをボリボリとかいた。

ああ、困らせている。そう思うけれどそこから動くつもりにはなれなかった。

思い出すのはある日の小さな幸せ。

この混沌の世界へきてからというもの暦すらよくわからないが、自分の感覚が正しければきっと今夜が、




「淵!、そこでなにをしている!」

「おっと、やべぇ。惇兄に見つかっちまった」

「夏侯惇様」


彼もまた探しに来てくれたのだろうか。

白い息と共に現れたのは、この軍の中心夏侯惇将軍だった。



「すまねぇ、惇兄。心配かけちまったか?」

「お前達の姿が見えないと兵が騒いでいたぞ。何をしているんだ」

「も、申し訳ありません、夏侯惇様。私が外へ出たのを夏侯淵様が探しに来てくれたんです」



微かに感じられる怒気にせめて夏侯淵だけでもお叱りを受けないようにと慌てて弁明する。

厳しい光を放った隻眼に睨まれると委縮してしまうのは、なにも敵兵だけじゃない。



「そうなんだよ。もう、戻ろうぜって言ってたんだよ。なぁ、?」


夏侯淵にそう言われて、ぐっと言葉に詰まる。

もう少し、もう少しだけ此処にいたい。だって、今夜は。



「なんだ。空に何かあるのか?」

「おお。さっきから空ばっか見てるんだよ、のやつ」



私の目線につられるように、二人も空を見上げる。

そこにあるのは月と、砂をばらまいたかのように見える数多くの星達。

大きな星しか見えない東京の空とは違い、あまりに多くの星達はなにがどの星かなんて判別がつかない。




「ぽらりす・・・・」

「?」

「お二人は”ぽらりす”という星をご存じですか?」



のその言葉に両将軍は顔を見合わせた。

そして夏侯惇の腕がすっと三人の真上に伸びる。




「恒星(ポラリス)とは、あの大きな星のことだ。あの星はどんなに月日が巡っても決して天の中心から動かん。我らのような流浪の者にとっての旅の目印だ」

「天から動かない・・・・もしかして、北極星のことですか」

「ほっきょく?なんだ、の故郷では恒星をそんな呼び方すんのかよ」

「呼び方は民族によっても様々だろうな。しかし、それがどうした?」



そこにあって当たり前のもの。それを食い入るように見つめるに二人は不思議そうな顔した。

周囲は静かで時折風の音だけが聞こえる。静かな夜。




「約束したんです。いつか、一緒に見ようねって」

「恒星をか?」

「・・・ぇえ。今夜はクリスマスなんです。私の住んでいたところのお祭りのようなもので。その日に一緒に見ようって」



こんなことになるなんて誰か想像しただろう。

いつか別れが来ることは覚悟していた。けれど、魔王が君臨するこの世界で、こんな風に離れ離れになるなんて。


「そ、そりゃ、どこの男とだよ!?」


なにを慌てたのか、夏侯淵がの両肩を掴む。


「淵、立ち入ったことを聞くな」


そうたしなめた夏侯惇も、眉をしかめて不機嫌そうに咳払いをした。




「・・・・・・・・」



は答えない。

ただ悲しそうに、そして祈るように、じっと天を見つめているだけ。

夏侯惇は仕方なく、の肩に己のマントを着せて、淵の首根っこを掴む。



「すぐに戻れよ」


それだけ言うと、淵を引きずりながら歩きだした。


「お、おい、惇兄!!ちくしょう、あとで詳しい話聞くからな!!」

「野暮だぞ、淵」

「だって気にならないのかよ、惇兄!」

「黙れ」

唸る従兄弟に睨みを利かせて黙らせる。

気にならないわけがない。だが思い出に立ち入ることなど誰にも出来ない。

今はまだ、自分のものではないのだから。











騒ぐ二人の声はすぐに遠くなり、また耳が痛いほどの静寂が戻ってきた。

夏侯惇の気遣いを嬉しく思いながら、そっとマントに顔を埋める。




「来年は一緒に見ようね、エン」




その呟きは天に吸い込まれるように消え、思い出の中の小さな子供が「アウ”」と元気よく返事するのが聞こえた気がした。





















「あれれ〜〜〜?どうしたの、魏延殿!星空なんて見つめちゃって〜」

「オ前、煩イ、黙レ」

「こりゃまた失礼!どろろ〜〜ん!」





ふざけた声をあげて煙のように消えたのは、戦国の世の忍、くのいちだった。

魏延は苦手としているが、不思議なことに戦国の世の者はあまり魏延を怖がらない。

戦国の者には仮面をかぶった者や頭に仰々しい兜をかぶっている者が多くいて、とりわけ魏延が仮面を付けていることに違和感を感じないらしい。

事実、徳川の忍や武田と名乗る年老いた軍師などに遭遇している。もっともだからといって親近感を持たれてもそれはそれで戸惑うのだが。





空は漆黒の闇に染まり、それを照らすかのように大きな月と星達が浮かんでいた。

不思議なもので、OROCHIが作ったこの世界の星は、魏延の知っている空と何一つ変わりがない。

見つめるのは、ポラリス。大切な人との思い出の星。

確か、今日辺りだったはずだ。約束の、くりすます。




・・・・」






逢いたい。

そう願い続けた。

を失ってからずっと、ずっと願い続けた。

二十年間願い続け、ようやく出逢えたというのに。

いつかこの星を二人で見るのだと、冬の空を見上げてはそればかりを思って。

それがようやく叶いそうだったのに。






また離れてしまった。

は今どこにいるのだろうか。

追いかければ、追いかけるほど離れていくようで焦燥感ばかりが募る。






「次ハ、イッショ、必ズ」





目をつぶれば、そこには満面のの笑顔がある。










聖なる夜に空を見上げる二人を結ぶように、一つ、星が流れて静かに消えた。
















流るる星の小さな約束