煌鬼の許婚ヒロイン、親父の呟き〜影慶編〜 何故あんなことを言ってしまったのだろう・・・と。 遠い目で空を見つめても、約束は取り消せそうに無い。 影慶には可愛い娘がいる。 それはそれは目に入れても痛くない大事な大事な娘で、 死んだ母親に似て美人で優しい自慢の娘だ。 だがそれは今の話で娘が生まれた当初はそれなりに落ち込んだりもした。 やはり、格闘家の本音としては男児が欲しかったのである。 邪鬼や剣、赤石を羨ましく思った時もあった。 そしてそれをつい――――酒の勢いで邪鬼に洩らしてしまったのがまずかった。 「ならばこの邪鬼の息子とお前の娘を結婚させればいい」 それは邪鬼の慰めでもあり、酒の席での冗談でもあった。 影慶は「それはいい考えですね」と対して考えもせず頷いた。 そしてそれが後に、頭痛の種になろうとはその時の影慶は夢にも思わなかった。 実際娘が育ってみると。 母親に似たのか、礼儀正しく、おしとやかで、時に愛らしい実に可愛い娘に育った。 それに比べて大豪院家・剣家・赤石家は時に親子で死闘を演じるほどで、幸せな親子にはとてもみえない。 特に赤石家に至っては(原因は十中八九父親にあるように思えるのだが)散々たる結果である。 そんな話を聞く度に、娘で良かった、と心底思ったほどである。 そんなある日、長年連れ添った同志であり、現在は上司でもある邪鬼が突然言った。 「影慶・・・あの時の約束覚えておろうな」 「は?なんでしょうか」 「お前の娘と煌鬼を結婚させるという話だ。よもや忘れたとは言わせんぞ」 「・・・・・・・・・・・・・は?」 目の前に積み上げられた書類の間から真面目な目をした邪鬼が影慶を睨みつける。 正直言って最初は皆目検討がつかなかった。 けれど邪鬼に、あの時だ、と言われ段々と思い出してくる。 「あれは冗談でしょう・・・・」 「ふっ、何故この俺が冗談など言わねばならん。 お前にも息子が出来るのだ、男に二言はあるまい」 違う、絶対に違う。 この人は娘が欲しいのだ。 それも俺の娘が。 思えば邪鬼はなんの用事もなく影慶の家を訪れては娘にプレゼントを贈り、暇あれば遊んでやっている。 実の息子の煌鬼といえば、大豪院流の一文字流に勝るとも劣らない厳しい修行で今はなんと鐘の中にいるという。 しかしそれは邪鬼自身がやっていることであって、同情の余地はない。 「娘には自由に恋愛させてやりたいと思っていますが」 「ではお前の娘が煌鬼に惚れれば文句はないのだな?」 「それは・・・まぁ・・・」 邪鬼と娘の間に立たされ、影慶はかなり複雑だった。 邪鬼の言うことに逆らえるはずもなく、だからと言って可愛い娘に許婚などもっての他だ。 そして二人は一種の賭けをすることになった。 一緒に暮らし、二人が恋愛関係になったならばそのまま許婚とする。 もし、そうでなければきっぱりとこの話は忘れると。 それがかれこれ5年前の話。 娘は美しく成長し、もうすぐ18歳になろうとしている。 不幸にも戻ってきた煌鬼は、娘に惚れてしまった。 娘はといえば、正直良く分からない。 煌鬼とは仲が良いが、それは家族としてにも見える。 「お父様、行って来ます」 「気をつけてな」 「はい。ほら、煌鬼行こう」 「ああ・・・」 そして今日も可愛い娘のことを思い、上司とその息子に挟まれ胃の痛い思いをする影慶であった。 煌鬼の許婚ヒロイン、親父の呟き〜邪鬼編〜 邪鬼は影慶が羨ましかった。 まさか自分が本気で他人を羨む時が来るなどとは思いもしなかった。 それほどまでに影慶の娘は可愛かったのである。 「邪鬼の叔父様、また来てくれたのね!」 たくさんの薔薇の花に囲まれた庭で、ひょこりと顔を出した小さな少女を邪鬼は優しく抱き上げ、肩の上に乗せた。 土産だと言ってケーキを渡せば大きな目を輝かせ、ありがとうと言って抱きついてくる。 小学校で教わったという歌を歌って聞かせくれたり、共に折り紙を折って遊んだり。 およそ男塾時代からは想像もつかない穏やかな時を影慶の娘は与えてくれた。 あれから何年も経ち、美しく成長した少女は、それでも優しいところは変わらなかった。 煌鬼などたまに寺へ様子を見に行けば、「くそ親父」だの父親を罵倒するばかりでちっとも可愛くない。 そして思うようになる。 一度でいいからお父様と呼ばれてみたいと。 そして思いつく。 『お義父様』なら可能じゃないかと。 そして影慶と賭けをし、今に至る。 「おはようございます、邪鬼お義父様」 「おはよう」 それはそれは可愛い娘に、まだ(仮)がつくがお義理父様と呼ばせることに成功した。 本当に義理の両親になれるかは息子に掛かっている状況だ。 最もその息子も今ではすっかり彼女に惚れてしまっている。 恐るべし、影慶の娘。 影慶には気の毒であるが、これも我が欲望の為。 煌鬼には頑張っても貰わねばならない。 だがそれにはまず、 「剣と赤石の息子が邪魔だな」 あの二人の息子だ、侮れるはずもない。 そうして今日も邪鬼は可愛い娘と息子のことを思い、仕事そっちのけで邪魔者抹殺の計画を立てるのであった。 煌鬼の許婚ヒロイン、親父の呟き〜死天王編〜 以下センクウ・卍丸・羅刹の会話(ヒロインが小学生の頃) セ「とうとう邪鬼様が”影慶の娘にお義父様”と呼ばせることに成功したらしいぞ」 羅「影慶・・・気の毒にな」 卍「つーか、邪鬼様もよくやるぜ。ま、あの娘は確かに可愛いがよ」 羅「赤石の所なんぞ目も当てられん。あれはひどい」 卍「あれはあれでいいんじゃねぇの。完全なる父親似だろ」 セ「むしろ赤石の奥方に同情するな。それはそうと卍丸、そういうお前はどうなんだ」 卍「あん?何がだよ」 セ「影慶の所へ顔を出しては、娘に菓子をあげて餌付けしているらしいな」 羅「何!?本当か!!」 卍「餌付けってなんだよ!!俺はただ土産をやってるだけだ!!」 セ「ほう・・・それで卍丸の叔父様vとか呼ばせてるのか」 羅「なにぃ!!そんな風に呼ばせてるのか!!ずるいぞ貴様!!」 セ「全く『叔父様』なんてそんな柄か」 卍「そういう貴様はどうなんだ、センクウ!ご大層に影慶ん家に薔薇なんぞ植えやがって!! 入り浸ってるのが見え見えなんだよ!!」 羅「やっぱりあの薔薇は貴様の仕業か、センクウ!!」 セ「ふっ、あれは影慶に頼まれたのだ。勝手に押しかけている貴様と一緒にしてくれるな」 羅「貴様ら・・!ずるい・・・ずるいぞ・・俺だけ出遅れているではないか!?」 卍「お前はそういうとこ抜けてるんだよな。昔から」 羅「むう!!」 セ「まぁこれから頑張ればいいことだ。それよりも・・・・・一番ずるいのはやはり邪鬼様だな」 羅「そうだな・・・俺も息子がいれば!!」 卍「それよりも娘だろ」 セ「そうだな。娘だな」 羅「ああ・・・・娘が欲しい・・・・」 そして今日も影慶家に入り浸る死天王であった。 |