ゆらり、ゆらり、闇の中を廻る。 それはまるで子守唄のように。 どうか私にだけ妙に、脳が冴えている。眠れない。 はゆっくりと布団から這い出て、障子を開けた。 「はっ・・・・」 ひやりとした廊下。縁側に裸足のまま腰を下ろす。 春先とはいえ夜は肌寒く、夜明けが近いせいか月が薄く白く霞んで見える。 あと二刻ほどすれば日が差し込むだろう。そうすればいつもの朝がやってくる。 闇の中に浮かぶ霞んだ月を見上げながら思うのは、誰のことか。 刀に生き、信念を貫き通す反面、あまりに多くの犠牲を出し過ぎた。 消えぬ血の匂い。目を閉じれば、苦しみ死に絶えた隊士や敵の藩士達の姿がはっきりと浮かび上がる。 「・・・・・・?」 ふと血の匂いを感じて立ち上がった。 それは幻でもなく、確かに感じる生臭さ。 音を立てぬように気配を殺しながら廊下を進んでいくと井戸の前に一つの影があった。 「山崎君かい・・・・?」 黒い忍装束、それが意味するものは一つしかない。 微かだった血の香りは今ははっきりと感じる。 が呼ぶと、影は表をあげ、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。 「さん?・・・・こんな夜更けに何を」 「眠れなくてね。怪我は?」 「別段ありません」 「じゃあ、返り血か」 「・・・・・・・ええ」 少し間を置いて、答えた山崎の衣服には血が染み込んでいた。 どんな任務だったかなど聞くことは許されない。彼の苦しみを分かち合うことも、できはしない。 「山崎君」 「はい」 「着替えて、もう休もう」 「はい。も休んで下さい」 「うん」 それだけ言って、は踵を返して元来た廊下を歩いて行く。 背後からは水の音がした。山崎が血を洗い流しているのだろう。 ある部屋の前に着くと、はそのまま立ち止まってまた、月を見上げた。 「さん?」 それからしばらくして、着替えを済ませた山崎がの名を呼んだ。 は返事することもなく、ただ口端を上げる。 「何か、御用でしたか」 先ほど就寝の挨拶を済ませたばかりだ。 が何故山崎の部屋の前にいるのか、わからないのだろう。 「うん、寝ようと思って」 「では御自分の部屋に―――」 「山崎君と一緒に」 「は!?」 本気で驚いたのだろう。夜中とは思えない声を出した山崎に、笑みが零れる。 山崎が唖然としているのを尻目に、は山崎の部屋の障子に手を掛ける。開けば一組布団が敷いてあった。 「準備万端だね」 「何を考えているんです!」 「・・・・眠れないから、山崎君に子守唄でも歌ってもらおうかと思って」 「――――俺は唄など、」 「君の声が聞きたいだけ。そうすれば眠れそうだから」 そう言ったに、山崎は目を見開き、しばし沈黙した。 その隙にと言わんばかりに山崎の布団に潜り込む。 やがて観念したのか、山崎がゆっくりと布団に入り、の横に身を横たえた。 山崎の手が、の髪を撫でる。 「何か、あったのか」 「・・・・別に。でも、甘えていいと言ったのは山崎君だよ」 以前山崎が年上だと知れた時、山崎は言った。 だからもっと頼って、甘えてくれていいのだと。 二人っきりでいる時、ふとした瞬間に山崎が見せる素の表情がは好きだ。 「―――君の甘え方は心臓に悪い」 「そりゃあ悪かったね」 「俺は今日、迂闊に発言すると痛い目に合うという事を学んだ」 「一緒に寝るのがそんなに心臓に悪いのかい」 「――――いや、痛いのはおそらくこれからだ」 「うん?」 「なんでもない、もう休むといい」 「うん、・・・・・ねぇ、山崎君」 は目を閉じた。 そこにあるのは闇。けれど感じるのは恋しい人の温もり。 「名前、呼んで」 「・・・・・」 「いっぱい、呼んでね」 「」 そうすれば悪夢など見ないだろう。 貴方の声そのものが、最高の子守唄になるのだから。 私が貴方の苦しみを癒やすことは出来ないけれど 貴方が私の哀しみを消すことは出来ないけれど どうか私にだけは 「お休み、」 本当の貴方を感じさせて |