最初の再会は平助だった。

昔の記憶に呼応するように引き寄せられて入部した剣道部の練習試合、対戦校の先鋒選手、藤堂平助。

昔見た時と変わらないその明るい笑顔に、思わず夢を見ているのかと自分の頬をつねりたくなった。

生まれた時から記憶があった。けれど相手も覚えているかなどわかるはずもない。

戸惑う俺より先に平助が声をかけてきた。少し、震えるような声で「烝君」と。

「藤堂組長」と唇を動かす。実際はほとんど掠れて声なんて出ていなかったかもしれない。

けれど互いの存在を確かめるのには充分で。




勢い良く抱きついてきた昔の上司は同級生で、随分と泣き虫になっていた。






それからは再会の連続だった。

やはり別の中学で剣道部に所属していた沖田総司、斉藤一。平助の幼馴染らしい雪村千鶴。

過去の記憶の所有については皆、事情はそれぞれ違った。

生まれてすぐに自覚した者、歳を重ねるごとに記憶を取り戻した者、雪村君などは記憶が戻ったのはつい最近らしく、昔の記憶にまだ戸惑っているとのことだった。

彼らを探しだしたのは、副長と総長だそうだ。この二人は同級生として高校時代再会し、すぐに原田組長と永倉組長、そしてその時すでに教師として働いていた近藤局長をあらゆる方法を使って捜し出した。もっとも局長だけは記憶を持っていないそうだが。

驚くべきことに副長達全員は教師として局長が校長を務める薄桜高校に勤務しているらしい。この年齢差が一体なにを意味するかはいまだによく分からない。死期は関係ないようだから、多分神様の気まぐれだろう。

やがて薄桜高校で剣道部の顧問を請け負うこととなった副長は、まるでなにかにお膳立てされたかのようにその時既に剣道で名を馳せていた沖田組長と斉藤組長と再会し、その数年後、藤堂組長と雪村君と再会した。

つまり――――俺の再会は皆と比べると随分と遅かったというわけだ。



同じ年の四人全員で示し合わせて同じ高校に進学しようと約束した。学校名は、言うまでもないだろう。




けれど一人、足りなかった。

口には出さないけれど、皆同じ事を考えていたに違いない。






だからこそ、薄桜高校の入学式で貴方を見つけた時、俺は歓喜し、そして当然のように思った。




きっと、貴方も俺を覚えていてくれる、と。























入学から二年が経っていた。

副長・・・いや、土方先生の計らいによりさんと同じクラスになった俺は一定の距離を保ちながら、彼女を見つめる日々を送っていた。

再会した時、貴方は俺達を見てもなんの反応も示さなかった。

誰もが期待し―――そして失望した。



昔の記憶を持っていないことはある意味幸福だ。

血生臭い記憶など無いにこしたことはない。

だから記憶を持たない者に無理やり思い出させようとするな、それが記憶を持たない近藤校長の隣に居続ける土方先生の言葉であり、俺達はそれに従うしかなかった。

雪村君のように、つい最近記憶を取りも出した例もある。

希望は捨てず、けれど過剰な期待や思いを貴方に押しつけないようにと、俺はわざと距離を置き、そしてそんな俺に貴方はなんの興味も持たなかった。




俺はつまらない男だ。なんの取り柄もなく、真面目で融通が利かないのは一度死んでも変わらない。

貴方の周りにはいつも誰かがいて、華美に化粧することもなく自然体で、けれど稟と背筋を伸ばしたその姿は否が応でも人目を引く。

そんなところは昔と同じ、けれど昔とは違う可愛らしい小物にストラップ、そんな昔見ることの出来なかった貴方の可愛らしい女の部分に、俺はどんどん惹かれていく。

いつ貴方に男の噂が出るかと怯え、いっそのこと告白してしまおうかと手を伸ばし掛けては歯を食いしばる。そんな日々が続いていた。


















それは偶然だった。

次の授業が特別教室で行われるので、教室を出ようとして、ふと振り返った。

教室の一番端の前から三番目。そこが貴方の席。

無意識に貴方を探そうとする自分に気恥ずかしさを感じながら、姿が見えないことに一瞬の不安を感じる。


別にどこかへ行ってしまったわけじゃない。

昔のように、いつ命を奪われるかなんて危ない状況は日本にいる限りそうそうあるものじゃない。

それでも貴方の姿が見えないことに動揺するなんて、本当に俺はどうかしている。


昔は貴方を女として扱うことすら許されなかった。当然のように、愛を告げることも禁忌だった。なにより貴方が男を拒んだ。頑なに女を捨て男として生きようと剣を握った。

けれど今は違う。平成、四民平等の世。身分差も主従も無い。だから俺は期待している。

昔から抱き続けている恋心が成就する可能性に、俺はみっともなくも縋りついている。

一抹の希望がある限り、俺は貴方の傍を離れることは出来ないのだ。俺は次の移動場所に向かうクラスメイト達の列からはぐれ、廊下を静かに歩き出す。






探し物はすぐに見つかった。けれどそれは普通の状況ではなく―――俺は珍しく動揺した。





さん!」




さんは廊下に蹲るように倒れていた。

咄嗟に額に手を当てる。熱い。頬も少し赤味が差している。

ここ最近の暑さが原因ならば、熱中症か。

とにかく保健室に運ばなければと、さんの身体を持ち上げる。

昔のように鍛えられていない身体はとても軽く、そして小さかった。












授業を知らせるチャイムが耳に響く。保健室には誰もいなかった。

素早くベットに寝かせ、氷嚢を用意しようと冷蔵庫を開ける。

山南先生に誘われ保健委員に籍を置いているから、それぐらいはお手の物だ。





「・・・・−−・・−」




背後から何か聞こえ、振り向くとさんが目を覚ましていた。



「大丈夫か?」




怖がらせないようにそっとベットを覗き込む。彼女にとって俺はロクに話したこともないただのクラスメイトだ。

案の定俺の顔を見て、さんは肩を震わせる。

その仕草に彼女になんの罪もないのだと知りながらも、胸が、痛む。


「熱中症かもしれない。そのまま寝ていてくれ、今、水を持ってくる」


起き上がろうとする彼女を制して、冷蔵庫の中のスポーツドリンクを取り出す。

ペットボトルの蓋を軽く開けてさんに渡すと、やはり喉が渇いていたのだろう。

一気に飲みだすさんにとりあえず大丈夫そうだと息を吐く。

あくまでただのクラスメイトの距離を保つ為、少し離れた距離でその様子を見ていると、さんはようやく気が済んだのか、ペットボトルから口を離した。









「ありがとう、烝君」









一瞬、何を言われたか分からなかった。

その言葉は昔、さんが口にした俺の名前。

任務の時は山崎、屯所にいる時は山崎君、と状況に応じて呼び方を使い分けていた彼女が、ごくたまに口にした俺の名。

烝君、と。

恥ずかしそうに俺の名を呼ぶ時の貴方は俺に甘えたいと思ってくれている時で。

甘えることに慣れていない貴方の赤面する頬も彷徨う視線も恥じらう仕草も全て、それが自分だけに与えられた特権なのだと自惚れた。






「ご、ごめん・・・ええと、間違えた」






呆然とする俺に謝る姿は俺だけが知っている可愛らしいさんそのもの。

たまらず空いていた距離を埋めて貴方の肩に触れる、その暴挙をどうか許してほしい。





「だ、誰と間違えた?・・・言ってくれ・・・、いや、言って下さい、さん」

「え、」




待っていた。それは愛おしいほど苦しく、焦がれるほどに切なく。

土方先生には彼女の記憶が戻るまでずっと待っている、なんて言ったけれど本当はそんな余裕などなかった。

今はただの女性でしかない貴方を、手の届く位置にいる貴方を、ただ見守るだけでいつまでもいられるほど俺は清廉潔白じゃない。






「嫌・・・だって、言ったのに、・・・・敬語」






呟かれた言葉は俺が求めた問いの答えではなかった。

けれどそれは、俺と彼女にしか解からない答え。





「そう・・だな、今はクラスメイトなんだから・・・・



彼女の言葉に俺も答える。

ずっと見守り続けていた目はもう、以前のように他人をみるような目ではなかった。

これは自惚れか?彼女が俺を見る目が俺が彼女を見つめ続けたのと同じ色を含んでいるなんて。

もう、抑える必要はない。

彼女の頬を流れる涙を掬って、本能のままの身体を抱きしめる。

その肩は小さくて、それがたまらなく愛おしくきつくきつく抱きしめる。




「入学式で貴方を見つけて―――けれど貴方はなにも覚えていなかった・・・・」



どれだけ貴方に焦がれたか、

どんな言葉を使えば貴方に伝わるのだろうか。




「ずっとこうしたかった・・・・今も昔も・・・・、もう放さない、離れない―――」





口から出たのはありきたりの陳腐な台詞。けれど紛れもない本音。

それは自分勝手で傲慢な。けれど伝えたかった。飾ることなく、ありのまま正直に。

刀を握って貴方の隣に立っていたあの頃からずっと、伝えたかった言葉を。

けれど先に動いたのは俺ではなく貴方の口で。




「私もずっとずっと君のことが――――      」




その言葉の続きは俺がずっと欲しかったもの。

けれど、どうか、お願いだから、その先はまだ言わないで欲しい。




監察方の山崎烝が言えなかった言葉を、

『今』の俺がありったけの想いを込めて伝えるから。





彼女がそれを口にする前に、俺は彼女の唇に自分の唇を重ねる。

この口付けが終わったら、必ず俺が貴方に伝えるから。






貴方を愛していると。







けれど貴方の唇は想像以上に甘くて柔らかくて、

俺はしばらく貴方を離せそうにない。


















そしてまた巡り繰る