京の都に血の雨が降る――――そう世間に揶揄される狼たちの中に一人の女隊士がいることは、あまり知られていない。

身の丈に似合わぬ大きな業物の刀に、腰まで伸びた髪を一つに束ねたその隊士は、神の如き身の速さと狼の如き鋭い刀速から神狼(しんろう)とあだ名されるほどの実力を持つ。

常日頃から男装し袴姿に浅葱色の隊服を羽織れば、まさしく壬生の狼となる女の名前はといった。








サラリと言わないで欲しい
















お天道様は今日も空の真上で輝いている。

まさに洗濯日和。はいそいそと自分の着物を取り出し、洗濯桶の中に放り込んだ。



新選組では主に平隊士が掃除・洗濯などの雑用を賄う。

だが女であるは自分で洗濯することを常としていた。

洗い物の中に下帯などが含まれているから当然といえば当然だが、生来家事は嫌いじゃない。

隊士として武士として剣の道を選んだとはいえ、女としての幸せを夢見たことがないわけではないのだ。

数え歳で、今年で二十五。もう嫁の貰い手のない歳になってしまったけれど。





「さぁて、さっさと済ませますか」




道着・手ぬぐいと少しずつ水に浸して洗濯板で洗っていく。

力が強すぎても弱すぎてもいけない。その力加減がどうも平隊士にはわからないようで、時々幹部の着物が無残に破かれているのを見かけることがある。

自分で作ったの小さな物干し竿に一つずつかけていくと、風に揺られて白い布地がはたはたと音を立てた。





さん、洗濯ですか」





一息ついていると、廊下から同僚の山崎がやってきた。

監察方に所属すると山崎は、よく共に任務に当たることもあり仲が良い。





山崎の手には黒い着物。どうやら山崎専用の忍装束のようだ。




「山崎君も洗濯かい?」


山崎の仕事は死体の処理や監視などとりわけ精神的にも肉体的にも汚れ仕事が多い。

その度に破れ、駄目になった着物は数知れない。


「今の内ですから」



太陽を仰ぎながら山崎が言う。あまり見られない光景には目を細めた。

彼が陽の当たる時間に屯所にいるのは珍しい。




「だったら私がやってあげようか。今日は休みなんだろう?」

「いえ!自分でやりますので」

「そんなこと言わずにさ、君がこうしてのんびり出来ることなんて滅多にないんだし。廊下で日向ぼっこでもしていたらどうだい」

「・・・・・・・子供扱いしないで下さい」




の言葉に、山崎がため息をついた。

それが可笑しくてつい、笑ってしまう。




山崎の言葉も尤もで、この男、見た目は二十歳そこそこだがよりも年上で実は三十路を越えている。

新選組の幹部は試衛館からの面子で揃えている為、幹部入りこそしていないものの、実力は幹部に勝るとも劣らない。

生真面目で律儀な性格で古参の面子に礼節を以て接する為に、沖田達年下の幹部にも敬語で接していることも若く見られる要因の一つであることを、本人はおそらく気付いていないだろう。

だが自ら手柄に走らず裏方に徹する山崎は、にとって監察方の手本であり、尊敬できる同僚である。




「ご、ごめんね?つい・・・・」




山崎の歳をが知ったのはつい最近のことで、どうも癖で年下扱いしてしまう。

本来なら敬語を使わなければならないと思っているのに、出来ないのもそのためだ。




「でも山崎君も、敬語いらないって言ってるのに」

「俺は癖です」

「嘘。若い隊士や魁さんには普通に話してたの聞いたことあるよ」

「・・・・貴方に対しての敬語が癖なんです」

「だったら、直してほしいな。そしたら年下扱いだってしないよ。はい、それちょうだい」





困ったように眉を下げる山崎の手から素早く洗濯物を奪い取る。

さすがに神狼、と呼ばれるの動きには山崎もついていけない。




さん・・・・・・」

「ほら、そこら辺で昼寝でもしといで」

「貴方が年下扱いを止めてくれたら、俺も敬語を止めます」

「山崎君が私を呼び捨てにしてくれたら、私も名前で呼んであげる」

「話がすり替わってます」





無表情で分かり難いながらも、少し慌てている山崎に、また笑う。

山崎の着物を水に浸せば、血の匂いと共に滲み出る朱の色。

血の香りも死の気配も拭えはしないけれど、狼といえど休息は必要だ。






「さて、これ干したら一緒に昼寝でもしようか」

「そんなこと出来るはずないしょう」

「なんでさ」

「なんでと言われても・・・・貴方と並んで寝でもしたら、俺は明日の朝日を拝めません」

「うん?なんで?」









本気で分からないのだろうか。

山崎はに気づかれないよう、深くため息をついた。
何故か女として己に魅力が無いと思い込んでいるには危機感がまるでない。

幹部達に愛され、隊士の憧れの的であると共寝でもしようものなら明日にでも首が飛ぶ。

こうして会話をするだけでも実は命懸けだというのに。




「なんだかこうしていると夫婦みたいだねぇ」



山崎の心情を察しもせずはそんなことを言いながら、隣に座る。

風にそよぐ長い髪、白い肌に優しい笑顔。




「何、言っているんですか」


動揺を悟られぬよう、敢えて抑揚のない声で言う。

けれど心の臓の音は、煩いくらいに響いている。

山崎の言葉に、は口端を上げた。









「私は山崎君ならいいと思ったんだけどね」

「え、」





そんなこと、事も無げに言わないで欲しい。

こんなにも貴方に焦がれる男が、目の前にいるのだから。













何事もなかったように笑うに、見惚れながらも、

山崎は背後に迫る気配を感じ、懐の暗器に手をかけた。








そして今日も彼女を賭けた戦いが始まる。