「愛するものを護る」それが答えだと、女はそう言った。

だが、風魔にはそんなものはない。

家族も、友も、小田原城でさえ己の意思で護っているわけではない。

風魔の中には何も無い、忍に個は存在しない、だから風魔自身・・・・は存在しない。

伝説の忍『五代目風魔小太郎』は存在する。

だが今、此処にいる己は、何処にも、誰の中にも存在しない。







それが今、此処に存在しているはずの風魔・・には耐えられない。














それに、気付いてしまった。

あの、女の、せいで、

気付かされた、

己の、

無を。





無を恐れる、

己に。














風魔はの部屋に居た。

静かな寝息が聞こえるほど近くに降り立ち、布団を捲る。

起きぬようそっとの身体を両手で抱え、崖を駆け上がる。

小屋につくと、布団の上にを下ろした。




移動中風にさらされ、肌蹴た寝着から見える鎖骨と白い首。

ジリジリ、ジリジリ、

湧き上がる熱。








この女のせいで、

存在していないはずの自我が、

在ることを知ってしまった。










風魔は肩当てと兜を取り、の上に覆いかぶさった。

微かに香の匂いがする。

その白い首筋に歯を立て、鬱血した肌を舐め上げる。

途端に、びくりっとの身体が震えた。








「ふ、風魔さん・・・・!?」








の驚愕の目が、風魔を写す。

そこに写るのは『五代目風魔小太郎』ではない。

その中に存在する、目の前の女に欲情する、ただのつまらぬ男だ。

くっと喉を鳴らし、の口を塞ぐ。

懸命に声を出し、逃れようとするの両腕を片手で拘束する。細い指が風魔の腕に絡みつく。






「・・・・っ、・・・・やぁ・・!!」

「・・・・・・・・・」


女が喘ぐ。

の目から零れる涙は、を襲っている男のせいで流れた涙だ。

この喉の奥から枯れたように搾り出された声も。震える肢体も、紅く色づいた肌も全て。

の目の前にいる、男の、今此処に在る己自身・・・のせいなのだ。











鳥肌が立つ、

その感覚に。


自我が、

目覚める。

下肢が、疼く。










「や、めて、やめてやめて、やめて下さい!!」






が叫ぶ。

風魔は興奮を抑えきれない。

次に次に零れ落ちる涙を、美しい、とさえ感じる。

震える身体を宥めるように、風魔はの瞼を舌で舐め取り、音を立てて涙を吸う。

初めて味わったそれは、風魔の喉を更に渇きへと導く。

手の拘束を逃れられない程度に緩めた。拘束されていた手には風魔の手の跡がはっきりと付いている。









「な・・・んで、こんな・・・こと・・・」



掠れた声が風魔を誘う。



風魔は懸命に笑い出したいのを堪え、の耳元で出ないはずの声を出す。







『お前がを目覚めさせた』







音にならぬ掠れたその声は、それでもの耳に届いた。







『責任を取れ、俺を愛せ』









それで、己の存在を確信することが出来る。









『俺がこの戦乱からお前を護ってやる。だから俺を愛せ』










それしかお前が此処で生き残る道はないのだから。










それは愛ではない、ただの取引だということを風魔は承知していた。



けれど甘い愛など、風魔にはいらない。必要ない、理解出来ない。

要るのは己を確信する為の、ただの道具なのだから。













『俺を愛せ、






男の声は闇に響いた。