護るべきものとは何か、

突然そう問われた。














自分の身に起きた不可思議な現象から一週間。

突然訳の分からない場所へ来たと思ったら、拉致されて、監禁されて、殺されかけて。

今はこうして無事にいれるからこそ笑えるものの、正直何度死ぬかと思ったか分からない。

あの優しいお爺さん、小田原城・城主北条氏政に拾われて一週間が経った。

時間が経つにつれて自分がどういう状況に置かれているのか分かってきた。

どうやら私はタイムとリップとやらをしてしまったらしい。

しかも、この世界はおそらく私の知っている世界の四百年前じゃない。

歴史上の有名人物がここぞとばかりに同じ時代で天下統一を狙っているのだ。

・・・・・正直なんじゃそりゃぁあああって、感じ・・・・・・





あの忍者の男に怖い目に遭わされて、情緒不安定とか、言語障害とか、よく事件に遭った人がなるような精神的病の症状に陥ってしまい更に此処が異世界ということが分かって途方に暮れた私は、今は部屋を貰い静養させてもらっている。

氏政様に看病してもらっている間に、私は自分が帰る場所がないことを打ち明けた。

ならば此処に居れば良い、とそう言ってくれた時の氏政様への感謝の気持ちはきっと言葉に出来ない。

お城の人も皆親切で、体調が完全に直り次第女中として働かせてもらおうと思っている。











「もうそろそろ、大丈夫かな・・・・・」



陽が上がりきった頃、布団から起き上がった私は障子を開けて思い切り背伸びをした。

此処は時計がないから時間は分からないけど、多分九時くらい。

この時代の人は朝が早いらしく、皆太陽が出たら起きるという感じなのでこの時間まで寝ているのは私ぐらいだろう。

体調も良くなって、そろそろ働かせて下さい、とお願いしてみようか・・・そう考えていると肩をとんとん、と軽く叩かれた。








「はい・・・?って・・・ぇぇぇええええ!!!!???」





思わず、大きな声を出してしまったのは。

あの散々酷い目に遭わせてくれた忍者、もとい伝説の忍風魔小太郎が居たわけで。

条件反射で震える身体を押さえて、私は一歩ずつゆっくり距離を取って行く。

そんな私を見たからか、風魔小太郎が隠そうともせず大仰なため息をついた。





「・・・・・何か、御用でしょうか?」






その場を動かない忍と私。

仕方ないので、私から会話を切り出す。

この人が喋らない(喋れない?)というのは聞いているから答えは期待出来ないけれど。




「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」





しばし沈黙が続いた後、風魔小太郎が何処からか巻物を取り出した。

バッっとそれを開くと私の目の前に突きつけてくる。

そこに書かれているのは、達筆過ぎて読むのが少々難しい文字の羅列。






「えっ・・・・と、護る・・・・べき・・・もの・・・なに・・か・・・?」








少し時間は掛かったけれど学生時代に習った古典の授業を思い出しながら読んでみる。




――――――護るべきものとは何か





何故、突然現れて私にそんな事を聞くのだろうか。







何も言うことが出来ず、しばらく黙っていると、ぐいっとまた巻物を目の前に押し付けられた。

どうやら答えるまでここをどいてはくれないらしい。

けれどそんなこと、私だって考えたことも無い。








「護るべきもの・・・というのは、人それぞれかと思いますが・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・」

「ええと、人によっては好きな人だったり、尊敬する人や場所だったり、家族だったり・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・」

「護るべきものではなくて・・・・愛するものを護りたいということではないでしょうか」








我ながら、恥ずかしいことを言ってしまった。

なんだかどこぞの恋愛小説のようなやりとりだと思う・・・相手が、この忍でなければ。

依然私の身体は震えていて、風魔小太郎も独特の威圧感を放っている。







シュッ



「え!?」








突然忍が音を立てて、消えた。

本当に文字通り、目の前から消えてしまった。

私はその場に尻餅をついて、ただただ唖然とする。

一体、どうやって消えたのだろうか・・・・本当にこの世界は私の中の常識を逸脱している。











風魔小太郎、伝説の忍。

私の知っている歴史通りならば北条が滅びた後、最後の頭領の風魔小太郎は盗賊となり徳川家に処刑される。




彼は、一体何代目の風魔小太郎なのだろうか。

果たして、北条は滅びるのだろうか。

この世界の歴史は、私の世界と同じ歴史を辿るのだろうか。




それはわからないけれど、

もしこのまま彼が人の心を知らずにいれば、本当に夜盗にでさえなる、

そんな気がした。