「護るものがあるからこそ、忍は存在することが出来るんだよ」



月光が水面を写す満月の晩、四代目風魔は言った。



「護るもの無き力に、意義など無い」



その言葉の意味が、風魔には分からなかった。
















風魔の里は相模足柄郡の最奥部にある。

森に囲まれた里で、余所者が足を踏み入れれば二度と生きて帰れないことから別名”死出の砦”

その噂を流したのは他でもない、風魔の開祖である初代風間小太郎だ。

土地の者でも踏み入れぬ魔の地に住まう風間一党は、歴史の中でいつの間にか”風間”から”風魔”と呼ばれ恐れられることとなる。






風魔一党は忍という属性からか、極めて闇属性が多い。

その頭領に置いてもまた然り、初めて闇属性以外の者が幹部に納まったのが四代目風魔だった。

先代風魔小太郎は、まさしく頭領に相応しい潜在能力と統治力、人望を兼ね備えていた。

忍には不必要だと思われるほどの天真爛漫、それでいて任務時には冷徹苛烈、そのどちらもを兼ね備えた所謂変人だったのだと小太郎は記憶している。






「お前は何故強くなろうとする?何故力を求める」

「・・・・・・・・・・・・・」




先代はよくそう自分問うた。

だが答えたことも、明確な答えが見つかったことも一度も無い。

例えこの喉が毒で焼けていなくとも、きっと声になどならなかったに違いない。






何故―――――――強くなくては生き残れない。

何故―――――――力が無くては生き残れない。







「では何故お前は生きようとする?」








何故、生きるのか。

その答えが風魔には分からない。

ただ、気付いた時は忍の修行の中にいた。

自我など、無い。

死にたいとも思わない。

だが、生きようとも思わない。







『護るものがあるからこそ、忍は存在することが出来るんだよ』







ならば今の自分は存在してはいないのか。



















天井裏から、寝ているを見つめる。

が小田原城に来てから一週間が経った。

氏政はこの女を孫として、城に迎えることに決めたらしい。

どの道、北条の血族などそう残ってはいないのだ。





時々女がうなされているのが聞こえる。

悪夢でも見ているのだろうか。

自分もその、悪夢のうちなのかもしれない。







を護ってやってくれんか、風魔」








昼間言われた言葉が何故か昔先代に言われたことと重なった。

この女を護っていれば、自分は存在していることになるのだろうか。









『護るもの無き力に、意義など無い』









天井裏からが眠っている布団の横に下りる。

は枕を使わず、膝を抱え猫のように縮まって寝ている。

手甲を外し、の頬に触れる。

それは今まで触れたどんなものよりも柔らかかった。








「お、かぁ・・・さん?」









ふとが母を呼んだ。

泣いて、いるのだろうか。

だが、風魔はその涙を拭いてやることは出来なかった。

ただただ、どうすればいいか分からず戸惑っていた。