風魔は女を抱えたまま現在暮らしている小屋へと向かっていた。

主である北条氏政の真意は測りかねる。

いや、本当はそんなものはどうでもいい。

あの翁が何を考えていようと、自分ただ命令に従うだけなのだから。




風魔が今暮らしているのは小田原城の背後に面した崖の途中の小屋だった。

この崖は常人ならば絶対に登りきれないほど険しいが、それを登りきれば上には小屋が二・三軒建つくらいの平面の野原が広がっている。

その場所から更に雲を突き抜けるほどに崖は続いており、頂上からは湧き水が流れており崖に沿って小さな滝を作っている。

人に蹂躙されていない土には珍しい草花も生え、風魔はここを自分の居住地としていた。

部下や氏政でさえ、此処に風魔が住んでいることは知らない。

女の面倒を見ろと言われた時迷ったが、此処ならば逃げ出すことなど出来ないだろう。

この土地から逃げることが出来たとするならば、それはこの女が崖から転落した場合か自害を計った時だ。

別段死なせるなとは言われていないから、それならばそれで面倒事がなくなる。







小屋に着くと、風魔は真っ先に床に女を下ろした。

兜を外し、最小限を残して武器も隠し戸の中へしまった。

そして後はいつも通り、壷の中の水を飲み、小屋の横に作った畑からいくつかの野菜を採る。

一人分の食事を食べ終えると、風魔は引きっぱなしだった布団の上に寝転がった。
















それからどれほど経っただろうか。

どうやら女が目を覚ましたらしく、寝転がっている風魔をしばし呆然と見つめ、小屋を出て行く気配がした。

女が十歩ほど歩いたところで、予想通り悲鳴が上がった。

此処がどういう土地であるか理解したのだろう。

逃げ出すことなど出来ないということを。

のそりと緩慢な動作で起き上がると布団の上に胡坐をかき、女が戻ってくるのを待つ。

戻ってこなければそれでもいい。

だが足音は小屋へと近づき、やがて怯えた顔が風魔を凝視した。






「此処は・・・・どこですか・・・・?」

「・・・・・・・・」

「貴方は誰・・・・・!?」

「・・・・・・・・」







つまらない問いだ。風魔は無言でため息をついた。

思った以上に面倒事だと初めて悟った。

任務とはいえ、この女をどうしろという指示は受けていない。

風魔にとっては死んでくれるのが一番楽なのだが、殺せという指示は受けていない。

あの翁が女子供には決して手を出さないのを知っているから、おそらくそんな指示は出ないだろう。

女の相手をするのも、考えるのも面倒になり、風魔は再び布団の上に横になった。

どうせこの女に自分を殺せはしない。

いや、その気で掛かってきてくれた方が殺す理由が出来て逆に有難い。







わざとらしい寝息を立てて、風魔は眠ったふりをした。

だが夜が明ける時刻になっても、女は入り口近くに座り込んだまま微動だにしなかった。