北条氏政は風魔が連れてきた女をじっと凝視していた。

年の頃は二十歳前後、見慣れぬ衣服を纏っている。

風魔の報告によればその女は突如現れたとのことだった。

忍は気配を読むのに長けている。

五代目風魔小太郎は、歴代の頭領の中でもその戦闘力は飛びぬけて秀でていた。

一方女の手は白く綺麗なもので、とても間者や忍のものではない。

売女という風でもなく、目にはうっすら涙が溜まっていた。






「風魔よ、こやつをどう見る?」






少なくとも自分には本当にただの迷い人にしか見えなかった。

身体の何処を見ても、弱く頼りない女そのものでしかない。

だが氏政の問いかけに、立ったまま腕組をした風魔は微動だにしなかった。




「・・・・・お前が殺さなかったんじゃ、間者ではあるまいな」



任務にだけ忠実な男が殺さず連れて帰ってきた。

敵でない、と判断したのだろうと勝手に結論付ける。

この五代目風魔小太郎という男、感情というものが全く読めない。

この男が今、氏政の元で働いているのは風魔一族が代々雇われているからという理由でしかないだろう。

忍というものは確かに感情を殺す生き物だが、それにしても五代目風魔は全く人間的感情がないように思える。

どうしても氏政の頭によぎるのは四代目風魔のことだ。

四代目風魔も、それはそれで奇妙な男だったが、面白い男でもあった。

言葉こそ少なかったが、酒を好み時折まだ若かった氏政とこっそりと月見酒を飲んだりもした。

任務には非道なものの、美しいものは美しい、とはっきりと言う男だった。

その四代目風魔が討ち死にし、その跡を継いだのが天才、と言われた五代目風魔だった。


風魔一族は忍特有の強さを保持する為に、血縁にはこだわらない。

頭領の息子だろうが、拾われた孤児だろうが、強ければ隊長、隠れ里一番であれば頭領にさえなるのだと言う。

そして『風魔小太郎』は個人の名ではなく、代々の頭領が受け継ぐ名なのだそうだ。

だからおそらく氏政の友人であった四代目風魔と目の前のこの男は血の繋がりはないのだろう。

表情どころか声すら発することなく、任務の報告は巻物に書いて寄越す。

果たしてこの男が無口なだけなのか、それとも何かの事情で声を発することが出来ないのかそれすら氏政は知らなかった。

ただ、四代目風魔のように友情や信頼を築くことはおそらくできないのだろう。

それを思うと氏政の胸が痛んだ。



もはや自分のひ孫ほどの年齢でしかない男が殺戮の駒として動くことに何も感じないわけではないのだ。

本来ならばこの男にもそれなりの感情があったのだろうと思う。

だが忍の厳しい修行や任務で何時しか個や我が失われていってしまう。

忍であっても、笑う事が出来るということを氏政は四代目風魔を通して知った。

そしてそれをこの若き五代目にも教えてやりたいと思う。




「風魔よ・・・・この女、しばらくお前が面倒を見よ」




この采配がどう転ぶかはこの老獪にも分からない。

だが氏政はこれは天が与えた機会なのだと空に浮かぶ月を見た。






それは四代目風魔と共に見た、美しくも恐ろしい月と寸分変わらぬ景色であった。