黒い翼に手を伸ばした。

はらり、はらり、と羽が舞い、それはまるで悪魔の羽のようだった。














は確かに手を伸ばした。

だがその瞬間訪れたのは、漆黒の闇、底知れぬ魔の時間。

がまず目にしたのは再び見慣れた小屋の小さな窓に満月の月が昇っている情景だった。





「どうして!?月が―――――・・・・」





さっきまで、朝だったはずだ。

何故、と言いかけて、はっと口を噤む。

こめかみがずきりと痛む。これはチアノーゼ(酸素不足)症状による後遺症だ。



(気絶させられた・・・・?でもなんで?)




小屋を見渡して、息を吐く。

ちらりちらりとの視界を淡く照らしていた月光が突如遮られた。





「風魔・・・・さん!?」






の真後ろから手が伸びた。

右手が首元に掛けられ、左手が右の乳房をぐっと掴み上げる。

左肩に風魔の顔があり、けれどその顔にはいつもの鎧も忍化粧も施されていなかった。





「風魔・・・さん?」





答えない。

風魔は笑う。

ただ笑う。

それは下卑た男の笑みで、これから何が起こるのかに容易に想像させた。





抗わなければならない。けれど身体の神経が抜かれてしまったように肢体が動かない。

着物の上から乳房をまさぐっていた手が、腰に滑る。

ぐるりと身体を反転させられ、布団に身体を押しつけられる。

痛みを感じない代わりに、ぞくりと背筋を巡る危険を知らせる警告の合図。

だがはそれに応える方法が分からず、ただ風魔を凝視するしかない。

風魔はやはりいつもの忍装束ではなく、一見にして農民のような簡易な袖のない着物一枚の格好だった。

長い髪で目はかろうじて見えないが、肌蹴られた襟元からは逞しい胸板が覗いている。

風魔がに覆い被されば、自然と漂う汗と混じった男の臭気。

恐怖と、混乱に呑まれながら、それでも反応し ずくりと疼く下腹部には戸惑いを隠せなかった。







(やっぱり私・・・風魔さんのこと・・・・)






好きなのかと言われれば、脳裏に過ぎる映像はあまりに残酷なもので、

けれど憎めない、そんな何かが胸の奥に残されている。

きっと幸せになりたかった、誰だってその願いは当たり前に持っている。

それを捨ててしまった人。捨てなければならなかった人。






風魔の舌が、の唇を獣のようにペロリと舐める。

ぎゅっと唇を一文字に結び抗う女の様が面白いのだろう、風魔はそれを繰り返す。

きっと酸素を取り込もうと口を開くのを待っている、そう理解したは口を少しだけ開き、風魔の舌に自分の舌を触れさせる。

一瞬、風魔の動きが止まり、そしてくっと哄笑した。


―――――媚びているつもりか、


風魔の表情がそう言って、を嗤っている。




受け入れるだけでは駄目なのだ。

風魔の行為を受諾しようと拒否しようと、それでは風魔に愛は伝わらない。

愛がどんなものか、教えることは出来ない。






(どうしたら・・・いいの・・・・・・)






風魔の舌に自分の舌を重ねながら、互いに舐め合う。

それはまさに獣の交配のようで、けれど嫌悪感は思った以上に感じない。

やがて飽きたのか、風魔が己の猛りをずいっとの前に差し出した。

それは月夜に向かってそそり立ち、己の存在を主張している。






「   」





風魔が口を動かした。

それはいつか、風魔が言った言葉ですぐには理解した。

初めてさせられる行為に戸惑いながら、足元に屈みちろりとソレに舌を這わせる。

子供が初めて与えられたキャンディーを恐る恐る舐めるかの如く、舌を動かす。

それは恐らく風魔には刺激にもならない程度の動きで、けれど風魔はそれを口元を歪ませながら見下ろしていた。






(このままじゃいけないのに・・・・・・・)







竿に舌を這わせながら、は男の匂いで朦朧とする頭を必死で動かした。

どうにか状況を打破しなければ、自分はきっとボロボロにされる。

そして風魔もきっと救われない。

風魔の手がの肌を弄ぶ。

もどかしいはずのの行為を、急かせるようなことは決してせず、肌に手を這わせ、時折乳房をまさぐっている。




(もう・・・・無理・・・・・・)





男のモノを口にする、という初めての行為にの脳はぐらぐらと揺れていた。

知識はもちろんある。が、それを自分がしなければならないのだということに、気が遠くなるのを感じる。

これだって、きっと愛があって初めて出来る行為なのだ。

好きでもない男の性器を口に含みたいなどと思う女が一体どこにいるだろうか。






(じゃあ・・・私は・・・風魔さんのこと・・・好きじゃ・・・・ない・・・・・?)






揺れる、揺れる、脳と共に気持ちが揺れる。

試されているのだろうか、風魔の心の内が分からない。

ただ行為を行いたいだけならば、好き勝手に蹂躙すればいい。

それをしないのはどうして、






聞きたい、聞けば答えてくれるだろうか。

言葉を持たないこの人が。

でも聞きたい、

聞きたい。








「風魔・・・さん・・・聞かせて・・・・あなたの声」








風魔を見上げたその瞬間、の目に映ったものは、

月光に照らされた紅い二つの瞳だった。