人の悲鳴など幾多も聞いてきた。

人の屍も数え切れぬほど越えてきたのだ。

それなのに、





どうしてこうも彼女の悲鳴だけが自分の心を縛るのか。















少し、時は遡る。



風魔と女が去った後、その場に残された猿飛は月のない空をただ見つめていた。

血が地面に滴り落ちる。だが痛みは不思議と感じない。

それよりもずっと胸の奥の心の臓の、更に奥が痛い。

それは針のようにちくちくと突き刺す痛みで、次第にそれは痛みを増していくようだった。

耐えきれず膝をつき、胸を抑える。








「佐助!!!!」






意識が朦朧としてきた中で、深紅が風に揺れながら走り寄ってくるのが見えた。

暗闇の中でまるで灯のように、猿飛を照らす。




「何があった!?敵か?」

「違うよ、旦那。そうじゃない――――」

「佐助にこれほどまでに深手を負わすとは!まさか北条か!?」

「違うってば・・・同盟組んだばかりでしょうが」

「ならば何者だ!言え!」







猿飛の様子に幸村は勘違いしたが、実際に怪我はそれほど重症ではない。

これくらいの傷ならば、普段ならば笑って誤魔化すことが出来る。

だが、それが出来ないのは、





「痛いんだよ、旦那・・・・」

「どこだ!?すぐに医者を呼ぶ、ともかく城に――――」

「違う、旦那・・・・痛いのは・・・ここなんだ・・・」





そう言って猿飛は胸に手を当てた。

へへっと、笑いながら、それでも本当に辛そうに。

幸村は猿飛のその仕草に、目を見開く。





「佐助・・・?何があったというのだ」

「分からないんだ。どうしてこんなにここが痛いのか。でも・・・・・」

「でも?」

「行かなきゃ、アイツの傍にいることが、彼女の意思じゃないなら・・・」

「彼女?どういうことだ?」







幸村は立ち上がろうとする猿飛の肩を支えた。

ざわざわと風が木の葉を揺らし、森が騒ぎ出す。

それは何故か不安を掻き立てる光景だった。






「伝説の忍にさ、会ったんだ。そいつが女を一人、崖の上に閉じ込めてた」

「それを・・・・佐助は助けようとしたのか?」

「別に・・・・そんなんじゃないさ。ただ、同盟を組む上で北条の弱みになれば儲けもんだと思って、それで近づいた。
だけど、なんでかな・・・・彼女に接触したのが風魔にバレて・・・血相変えて来たよ、あの伝説の忍がだぜ?
それで気になって・・・・・、気になって・・・・・」

「名はなんというのだ?」

「聞いて、ないんだ。まだ・・・・ははっ、情けないねぇ・・・」







血は止まらない。

猿飛は簡単に止血を施したがそれでは足りなかった。

一刻も早く戻らねば、幸村はそう判断し佐助の腰に腕を回す。




「旦那?・・・ってちょっとなにさ!?」

「この方が速い!急ぎ城に戻るぞ佐助ぇええええ!!!」

「ちょっ、速い!速いよ!!!」




幸村は佐助を肩に担いで、森の中を駆け抜ける。

それはまさに疾風の如く、赤の残像は森の動物達すら視覚することが出来ないに違いない。

その幸村の肩に担がれている猿飛の身体は一足進むごとに上下に揺れる。



「それで佐助はどうしたいのだ!」

「な、なにが・・・ごふっ・・ちょっ・・旦那、もう少しゆっくり・・・」

「その娘を助けたいのか!?」

「人の話は聞いてよ・・・・そりゃあ・・・まぁ、でも今は北条との間を荒げちゃまずいでしょ!?」

「だがその娘を捕えているのが真に伝説の忍ならば助け出さなければなるまい!!」

「いや・・・だからさ、それって最悪の場合同盟決裂になるかもしれないよ!?」

「だが佐助は助けたいのだろう!?」

「旦那・・・だけど・・・」

「ええい、まどろっこしい!!!!」






幸村はそう言うと、佐助の身体を思い切り地面に叩きつけた。

土ぼこりが風に舞う。

猿飛の眼前には、視界いっぱいの主がいた。





「俺様・・・・けが人なんだけど」

「どうなのだ、佐助!!男ならばはっきりせい!!!!」

「ははっ、本当に旦那は・・・・参っちゃうね・・・・」

「佐助!!」







主が飛ばした喝に、佐助は身体を起こした。

立ち上がる、手裏剣を構える、軽い。あれほど重く感じた身体が今はひどく軽く感じた。

分からない、たった一度、二度しか会っていない娘が何故あれほど気になるのか。

捕えられた娘に同情しているのか、それとも単に風魔に張り合っているだけなのか。

こんな曖昧な感情で、武田の命運を左右して言い訳がない。

たかが、忍ごときが。

だが目の前の主はそんなことなど微塵も考えてはいないに違いない。








「もし風魔の元に居るのが、彼女の意思じゃないなら、助けたい」

「ふむ!ならばやるべきことは一つだな!」

「まったく・・・・・参っちゃうね・・・・旦那には」

「よし、行くぞ、佐助ぇえ!!」

「だ、旦那!一人で突っ走らないでよ!!」








再び走り始めた幸村を、佐助は鳥を呼んで追いかけた。

胸の奥はまだ痛い。

けれど、今はもう動けぬほどの痛みではない。

主が、この痛みを分かろうとしてくれたから。

彼女を怖がらせたのは風魔だけじゃない。

もしかしたら自分の姿を見ても、彼女は怖がるかもしれない。

それでも、











「北条氏政殿、真田源二郎幸村、折り入ってお話が御座います」

「真田が忍隊隊長、猿飛佐助、主の後ろに控えさせて頂くことお許し下さい」










そして、それぞれの幕が開かれる。