誰かが髪を撫でる感触で、目が覚めた。

誰か、なんて本当は分かっているけれど。

それを認めたくないのは意地かプライドか。








そのどちらであっても、髪を撫でている男には関係ないんだろう。








目蓋をゆっくりと開いた。

障子から差し込む柔らかな光、小鳥の囀り、人肌が心地良い。

一番最初に目に入ったのは、男の硬質な胸板で。

それすらもう慣れてしまったなんて、笑い話にもならない。






「おはよう、

「おはよう」





普段は信じられないほどの威圧感と殺気を放っている男が。

口元を緩めて、朝の挨拶に額に口付けを落とす。

そしてため息を付く私に、お前は?、と目で訴えてくる。

これももう、慣れてしまったいつもの朝の風景。

男の頬に唇を寄せる。これが出来るようになるまで三ヶ月掛かった。

一緒に寝るようになるまで四ヶ月。

熟睡できるようになるまで五ヶ月。






そしてもうすぐ、約束の半年がやってくる。

この男はまだ、私に必要以上に触れることはしない。























賭け


















ひらり、ひらり、ひらり。

男の部屋の窓から見える桜は既に散り始めていた。

咲いた瞬間から散っていく桜。

日本人が古くから愛したのはこの儚さ、なんだろう。

桜の薄紅色が闇に映えて美しく、その桜を月が淡く照らしている。




殺し屋と生きざるをえなかった自分が、こんなに心安らかに桜を見つめている。

不思議、だと思う。とても。












背後から呼び声が聞こえた。

振り向かずにいると、後ろから抱きすくめられる。

大きな身体を屈めて、私の髪を一房取り、口付ける。

この男はこうして―――私の身体の一部に唇を寄せることが好きらしい。

耳元に軽く息が掛かり、小さく身を捩る。







「そろそろだな」

「なにがだ」

「とぼけるのか?」







男の太い指に顎を持ち上げられ、互いの視線が絡まる。

睨みつけると、くっ、と声を洩らさずに男が笑う。






「お前は俺を殺さなかった」





背中に男の熱い胸板を感じる。体温が、上がっているように思えた。

着物の襟から男の右手が侵入する。

ざわり、

肌が粟立つのを感じた。






「嫌なら拒むがいい。、お前が心の底からこの邪鬼を拒むのなら、無理強いはせん」








男の指が、ゆっくりと乳房をまさぐる。

決して、荒々しくない。煽るように、ゆるゆると膨らみに触れる。

声を上げないよう、唇を噛む。





「殺そうと思えば殺せただろう?」






怒りは感じられない。けれどその声の低さに、眩暈がした。

背筋に悪寒とは違う、何かが走り抜ける。












「・・ぁっ!!」





名を呼ばれたと同時に、胸の突起を掴まれ身体が跳ねる。

慌てて男の真正面に身体の向きを変えると、後頭部を掴まれて唇に噛みつかれた。





「・・・っ!!・・ぁ・」




硬い唇が、無遠慮に合わさる。

息を吸おうとした途端に、舌を口内に捻じ込まれて一瞬意識が途切れた。

生温い舌が、蛇のように自分の舌に絡まる。









「どうする、

「選択肢など、既にないだろう」

「ある。全ては貴様が握っている」







互いの唾液で濡れた私の唇を、男が指で撫でる。






「あくまで、私に選ばせる気か」







どうすれば男の望みに叶うのか、もう分かっていた。

自分の望みがなんなのかも。






「邪鬼」

「初めてだな、貴様に名を呼ばれるのは」







つま先に力を入れる。

足を浮かせて、背筋を伸ばして、邪鬼の首に腕を絡ませる。














唇が合わさった。全てが飲み込まれるように。

熱く、熱く、











ひらひらと舞う桜の花弁のように、そのまま二人静かにベットへ沈んでいった。


















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長くなったんで、分けます。次こそ裏です。すいません(土下座)
感想お待ちしております。