「殺せ」 暗く陽の当たらない地下室に驚くほど無機質な自分の声が響いた。 周囲から聞こえるのは爆音と吼えるような叫び声。 男の持つ刀が喉元に掛かり、ちりちりと焼けるような熱さを感じる。 刀が鈍く光りを放った瞬間、目を閉じた。 音、色、全てが真っ白に感じた。 賭け雪のように白く、けれど太陽のように暖かい、目覚めた時に感じたのは不思議な温もりだった。 そもそもなぜ、己は目覚めることが出来たのだろう。 白く感じたものが見慣れぬ天井だと気づき、微かに指先を動かす。 その瞬間、背骨を何かが突き抜けるような痛みを感じ呻き声が喉から飛び出す。 どこもかしかも例えようの無い痛みに身体中が熱を放っているようだった。 「目覚めたか」 「なーーっ!!」 聞こえた声と同時に男の影で己の視界が暗くなる。 その、あまりに大きな影は自分にトドメを差したはずの男のもので。 瞬間起き上がろうと身体が動き、またしても酷い痛みに襲われた。 けれど今度は声一つ上げることなく、唇を噛んで堪える。 「邪鬼!!貴様、何故私を殺さなかった!」 「ふっ、俺に貴様の言うことを聞く道理はあるまい」 「・・・・・生かしてどうするつもりだ」 「それは貴様が選ぶことよ」 邪鬼の腕が、ゆっくりと伸び、手のひらが頬に触れた。 条件反射でびくりと身を竦める。 邪鬼はその様を見、目を細める。それは笑っているかのようだった。 「これ以上怪我を増やすな」 「・・・・・っ!」 悔しさと羞恥と、そして訳の分からない感情を押し殺す為、噛みしめた唇からは微かに血の味がした。 その血を邪鬼の指が掠め取り、ぺロリとその指を舐める。 そして一言不味い、と呟く。 「似合わんな、貴様には」 「何がだ」 「血の色も、武器も、その目も」 「貴様・・・!どこまでも私を愚弄するか!!」 痛む身体など構うことなく、右拳を邪鬼目掛けて繰り出した。 けれど力無きその拳は安々と男の大きな手のひらの中に収まる。 右腕に付いていた点滴がはじけ飛んで大きな音を立てた。 「貴様、名は」 「・・・・・知っているだろう、そんなこと」 「俺が知っているのは殺し屋としての貴様の名のみ。本当の名はなんという?」 「答える義務などない」 「ふっ、貴様・・・まだこの邪鬼の命を狙うつもりはあるか」 邪鬼は、受け止めた拳をゆっくりと放した。 そしてまたその手は頬に添えられる。 その動作は緩慢で、まるで小さな子供をあやすかのようだった。 「貴様の依頼人は既にこの世にはいない。それでもまだ俺の命を狙うというか」 「・・・・・・」 「もしそうならば、賭けをせんか」 「賭け・・・?」 ゆらゆらと、視界の隅に白いものが揺れていた。 それがカーテンだと分かるまで、しばし時間が掛かった。 視界の全てを、標的だったはずの男に塞がれてしまったから。 あの時喉元に感じた熱さよりも、遥かに熱く唇を侵す熱。 「半年、その間に貴様が俺を殺すことが出来るかどうかの賭けよ」 「な、っっ!!!」 「もし、その賭けで俺が勝ったならば貴様には生涯俺の傍にいてもらう」 「馬鹿な!それじゃまるで!!」 「ふふっ、貴様はただの口説き文句では落ちそうにないからな」 ――――己を殺しに来た相手に一目ぼれしたなど、誰も信じんだろう? 邪鬼は、そう呟くとマントを翻して真っ白な病室から姿を消した。 一人残されて、風に誘われるように窓の外を眺める。 「・・・・・」 ぽつりと、風の音で消えてしまいそうな声で呟かれた声に、 「か・・・・良い名だ」 そう答えた男の表情はまるで少年のように無邪気なものだった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 半年後の賭けの行方も書きたいです。裏で(ぇ)リクがあったら書きます。 |