離れ離れになった恋人達が一年に一度会える。


そんなおとぎ話、大嫌いだった。










何度夜が来ても、遠い人。















ずるい、人













「あ、」










鼻緒が、切れてしまった。

七夕祭りの帰り道。

友人達と別れて、暗い歩道を歩いていた矢先、

ブチっと嫌な音がして。

下を見れば予想通り切れた鼻緒。









「大切に使ってたのに」









今はもう亡くなった祖母がくれた小さな下駄。

もう何年も使っていたからしょうがないのかもしれないけど。







「どうしよう・・・・・・」








ガードレールに片足で寄り掛かって、切れた鼻緒をじっと見つめる。







「どうかしたのか?」

「わっ!!」







突然耳元で声がして、慌てて振り向いた。

一切気配を感じさせない人物なんて。

男塾関係者以外あり得ない。







「せ!センクウさん・・・・・」






いつもの学ランでも戦闘服でもなくて。

黒のTシャツにジーンズ姿。

その辺の男とは比べるまでもない逞しい腕がひょいと壊れた下駄を私から奪い取った。







「鼻緒が切れたのか」

「そう・・・・なんですけど・・・・」







そんなことよりも。

どうしてこんな所にいるんですか、とか

いつもと雰囲気違いますね、とか。





喋りたい事はたくさんあるのに、一つも言葉が出てこない。







空手道場を開いている祖父と男塾塾長が長年の戦友だったことがきっかけで

知り合った男塾の面々。その個性の塊のような人達の中で。



花を好み、自分で育てているという薔薇の花束をくれたのがセンクウさんだった。

薔薇の花、なんて。

恥ずかしくて誰にも言えないような、けど女の子が一度は憧れるシチュエーションを、

あっという間に叶えてくれた人。

棘が綺麗に取られて手入れされた薔薇はそのままこの人の優しさだった。








「そのままでは歩けんだろう」

「はい・・・・・、て、ぇえええ!?」

「ふっ、安心しろ。攫いはせん」






どこか笑いながらセンクウさんが私を抱き上げる。

髪飾りの鈴がしゃらん、と音を立てて鳴った。






「似合っているな」

「え?」

「浴衣」






私を見下ろすセンクウさんの視線が優しげで、私は返事を出来ずに首を竦める。


こんなに近くにいるのなんて、きっと初めて。

街灯の下を通り過ぎる度に、顔が赤くないかとそわそわする。








「はい?」

「着いたぞ」

「え?」






顔を上げると、見慣れた道場が見えた。

ほんの少しの、二人だけの時間は終わってしまった。







「男の前でそんな顔をするものではない。攫いたくなる」




センクウさんが、私を下ろしながらふいに耳元で呟いた。


そんな顔って?

そう言おうと思って顔を上げると、何かが、頬を掠めた。

温かい、感触。

そして、瞬きした一瞬。




「センクウさん!?」





彼は、いなくて。























織姫と彦星が一年に会えるという静かな夜。

けれど私はそれどころじゃなくて。











あといくつ夜を重ねれば、この想いを口にすることが出来るだろうか。







ずるい、彦星に。